Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

時短ハラスメントと生活残業との間に存在するものとは一体何か?

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はじめに

 世の中には、パワハラやセクハラなど語尾に「ハラ」がつく言葉がたくさんありますが、最近新たな「~ハラ」が市井を賑わせています。 ジタハラです。

 ジタハラとは、時短ハラスメントの略で、昨今の働き方改革の流れを受けて派生してきた言葉です。「時短ハラスメント」とは、所定労働時間内に貫徹できない業務量を与えられつつも、上司から「早く帰れ」・「残業するな」などと言われ、部下がプレッシャーを感じている状態を意味します。

 一方で、「生活残業」という言葉があります。「生活残業」とは、所定労働時間内に貫徹できる業務量であるのに、労働生産性を低調にチューニングすることによって残業へと移行し、残業代を掠め取ることを意味します。

 「時短ハラスメント」も「生活残業」も、定時に仕事が終わらないという意味においては、互いに状況が一致しています。生産性を限界まで高めても定時に仕事が終わらないのが「時短ハラスメント」であるのに対し、最初から定時に仕事が終わらないように生産性を巧みにチューニングするのが「生活残業」です。要は、所定労働時間内の労働生産性の水準が両者において大きく異なります。

 しかしながら、労働生産性には個体差がある上、ましてそれをリアルタイムに定量化するのは非常に困難です。その人が生産性を高くして仕事に臨んでいるのか、意図的に生産性を低くコントロールして仕事に臨んでいるのか、一見するだけではなかなかわかりません。

 だからこそ、両者の感覚に隔たりが生じてしまうのです。

改めて残業とは何かについて考えてみよう

 残業とは、所定労働時間外に労働することを意味します。所定労働時間とは、「始業時刻から終業時刻までの時間のうち、休憩時間を除いたもの」を意味します。

 一方、労働基準法は、1日8時間を超える労働を原則的に禁止しています。しかしながら、36協定を労使で締結し行政官庁に届け出ることで、1日8時間を超える労働が認められます。これを時間外労働と言います。

 会社の所定労働時間が8時間の場合、残業は時間外労働に一致します。すなわち、残業はもともと法律で禁止されている行為なのです。どこまで労働時間を延長してよいのかを労使で話し合い、話し合いの結果を役所に届け出ることによって初めて残業が法的に認められるのです。残業するにあたって、この大原則を肝に銘じておくことが重要です。

残業命令について

 所定労働時間内の労働履行義務は、労働契約上当然に発生します。しかし、所定労働時間外の労働履行義務については、使用者からの命令如何によって定まります。すなわち、残業すべきか否かは、労働者の自由意思に委ねられているのではありません。

 したがって、使用者が、明示的に残業命令を発令すれば、労働者は残業しなければなりません。何ら合理的な理由もなく、使用者からの明示的な残業命令を断れば、懲戒解雇の対象とされる場合もあります。

 ややこしいのは、使用者からの残業命令に、明示的なものの他に、黙示のものがあるという点です。黙示の残業命令が推認されるには、おおむね次の3つの要件を満たすことが必要とされています。

  1. 所定労働時間内に完遂できない業務量であること、あるいは、残業が恒常化・常態化していること。
  2. 労働者が残業に従事しているのを使用者が認識していること。
  3. 使用者が残業禁止命令を発令していないこと。

 実際には、それぞれの事案に即し、これら3つの要素に該当する事実関係の存否を勘案して黙示の残業命令を推認することになります。 

残業禁止命令について

 逆に、使用者から残業禁止命令が明示的に発令されているのに、それを振り切って残業することも認められません。あるいは、就業規則に、残業は上司の許可を得て行う旨定められているときは、許可が下りなければ、残業が認められません。

時短ハラスメントについて

 以上を踏まえた上で、時短ハラスメントについて考えます。

 時短ハラスメントとは、とても定時に終わりそうにない業務量だと本人が訴えているにもかかわらず、上司から「帰れ」などと定時退社を促され、精神的プレッシャーを感じている状態を意味します。

 そもそも「黙示の残業命令」が成立するためには、使用者が残業禁止命令を発令していないことが必要でした。したがって、「残業禁止命令」が有効かどうかという観点から、時短ハラスメントを論じることができます。

有効な残業禁止命令とそうでない命令

 ジタハラとは、「黙示の残業命令」と「残業禁止命令」とが混在した状態を意味します。

 したがって、ジタハラを回避するためには、有効な残業禁止命令を発令し、黙示の残業命令を完全否定しなければなりません。単に形式的に口頭で「残業するな」とか「定時で帰れ」と命令を発しただけでは、黙示の残業命令を完全否定したことには繋がりません。

 では、黙示の残業命令を完全否定し、残業禁止命令を有効なものにするにはどうしたらよいでしょうか。

 黙示の残業命令を完全否定するには、他の二つの要件1・2を否定するよりほかありません。ここで、黙示の残業命令を推認するのに必要な要件1・2を再掲します。

  1. 所定労働時間内に完遂できない業務量であること、あるいは、残業が恒常化・常態化していること。
  2. 労働者が残業に従事しているのを使用者が認識していること。

 これらを否定するためには、次のような措置を講じることが必要でしょう。

  • 1の否定⇒定時後は残務を役職者に引き継ぐことを部下に命じる。
  • 2の否定⇒事業場から部下を強制退去させる、あるいは業務用端末を強制終了させる。
  • 2の否定⇒許可制の場合は、時間外労働を許可しない。

まとめ

 そもそも、定時に終わらない業務量を与えているにもかかわらず、単に口頭のみで「早く帰れ」とか「残業するな」といった曖昧な指示を出すから現場が混乱するのです。部下の長時間労働を懸念し、残業を禁止するのであれば、上司は定時後、部下の残務を引き受け、部下を事業場から強制退去させるべきです。

 とは言え、上司も人間です。部下の残務を全部こなしきれないでしょう。部下に適正な業務量を配分するのも上司の役割であり、どうしてもこなしきれないのであれば、新規に人を雇用するか外部に業務をアウトソーシングすることを検討すべきです。

上司がそこまでしても、それでもなお部下が「時短ハラスメント」と言うようだったら、その部下は生活残業を当て込んでいると思って間違いないでしょう。