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働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

退職の際に自分のお金や物を会社が返さなかったらどうすべきか

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はじめに

 今回は、「送検事例をもとに、ブラック企業を検証しその対策を考える」の第13回目です。平成29年10月13日、尼崎労働基準監督署は、飲食業の㈲暫(=しばらく、兵庫県尼崎市)と同社代表取締役を労働基準法23条(金品の返還)違反の容疑で神戸地検に書類送検しました。

事件の概要

書類送検された企業:

㈲暫(=しばらく)(兵庫県尼崎市)

≪平成29年10月13日送検≫

  • 同社は、退職した労働者が賃金から控除されていた旅行積立金の返還を求めたにもかかわらずこれに応じなかった。
  • 返還しなかった旅行積立金は計11万円。同社は経営不振で、積立金の一部を運用資金に回していた実態もあるという。
  • 同社は労基法23条違反以外にも、27年11月途中から12月末までの賃金計47万円を支払わなかったとして、最低賃金法第4条(最低賃金の効力)違反の容疑でも処分されている。
  • 労働者の告訴が捜査の端緒。

(違反法条:労働基準法23条)

(参照元:『労働新聞社』https://www.rodo.co.jp/column/29784/

辞める時は自分の権利に属するお金や物をブラック企業から返してもらおう!

 企業では、積立金・保証金・貯蓄金などの名目で賃金から金銭が控除されている場合もありますが、会社を辞める際これらの金銭はどういう扱いになるでしょうか。

 例えば、旅行積立金の場合、退職時にまだ残高があれば、これを使用者から返還してもらう必要があります。旅行積立金だけでなく、労働者の権利に属する金銭であれば、退職時にこれら全てを使用者から返還してもらう必要があります。「金銭」に限らず「物品」も労働者の権利に属するものであれば、退職時に返還してもらう必要があります。

 最近では、労働者が辞めたいと言っているのに、人手不足を背景になかなか退職を認めようとしないブラック企業もあるといいます。使用者に預けた金品を迅速に返還してもらわなければ、労働者の足留策に利用される恐れもあります。

 今回は、会社を辞める際に、もしこれらの金品をなかなか返してもらえなかったらどうしたらよいかについて説明します。

金品の返還について

労使間で金品に関して争いのない場合

 労働基準法にはこのようなときのための規定が用意されています。次の条文をご覧ください。

労働基準法23条第1項

使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があつた場合においては、七日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。

 このように、使用者は、権利者の請求があった場合、七日以内に労働者の権利に属する金品を返還しなければなりません。権利者とは、労働者の退職の場合はその労働者本人、労働者の死亡の場合はその労働者の遺産相続人です。

 「七日以内に」とは、「権利者が請求した期日から七日以内に」という意味です。「労働者の退職日から七日以内に」という意味ではありません。したがって、請求しないと、ちっとも返してもらえない恐れがあります。退職する際は、速やかに請求しましょう。

 なお、使用者が本条に違反した場合、労働基準法120条の規定により、三十万円以下の罰金に処されます。

労使間で金品に関して争いがある場合

労働基準法23条第2項

前項の賃金又は金品に関してがある場合においては、使用者は、異議のない部分を、同項の期間中に支払い、又は返還しなければならない。

  第2項は、金品の返還の一部について、労使間で争いがある場合について述べています。

 金品の返還について労使間で争いがある場合、使用者は異議のない部分を、権利者の請求に基づき七日以内に返還しなければなりません。

賃金の支払いについて

 本条は、労働者の権利に属する金品の返還について規定していますが、これとは別に、賃金の支払いについても規定しています。
 ここでいう賃金とは一般的には、「既往の労働に対する賃金」と解されます。「既往の労働に対する賃金」とは、退職に至るまでに既に何日か労働したものの、賃金支払い日がまだ到来していないために、支払いが留保されている賃金をいいます。
 賃金の支払いについては、一定期日払の原則というものがあって、「毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない」とされています(労働基準法24条第2項)。
 したがって、同条項の規定する範囲内で定められている賃金支払い日が到来するまでは、これを支払わなくても、使用者は履行遅滞の責には問われません。
 しかしながら、労働者の足留防止と生活確保の観点から、労働者の死亡又は退職の場合に限り、権利者の請求があれば、使用者は七日以内に既往の労働に対する賃金を支払うべきとされています。また、本条第2項の規定により、賃金の支払いについても労使間で争いがある場合、使用者は異議の無い部分について、権利者の請求に基づき七日以内に支払わなければなりません。
 では、具体例に基づき、既往の労働に対する賃金の支払いについて考えます。

例1(権利者から請求のあった日から七日を経過した日が賃金支払い日よりも早く到来する場合)

  • 就業規則において、賃金支払い日が当月末日と規定されていた。
  • 労働者が月の途中(1月15日)において退職した。
  • 労働者が労働基準法23条の規定に基づく賃金支払い請求を行わなければ、使用者は労働基準法24条の規定により、通常通り賃金支払い日(1月31日)に賃金を支払わなければならない。
  • 労働者が労働基準法23条の規定に基づいて、退職日に賃金支払い請求を行なえば、使用者は、1月22日までに既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。

例2(賃金支払い日が権利者から請求のあった日から七日を経過した日よりも早く到来する場合)

  • 就業規則において、賃金支払い日が当月末日と規定されていた。
  • 労働者が月の途中(1月25日)において退職した。
  • 労働基準法23条の規定に基づく賃金支払い請求の有無に拘わらず、使用者は労働基準法24条の規定により、賃金支払い日(1月31日)に賃金を支払わなければならない。
 このように、賃金支払い日よりも先に既往の賃金の支払請求日から七日を経過する日が到来する場合は、賃金支払いのデッドラインが変わることに留意しましょう。
 また、既往の賃金の支払請求日から七日を経過する日よりも先に賃金支払い日が到来する場合は、原則通り、「賃金の一定期日払の原則」が優先されることにも気を付けましょう。

退職金について

 解釈例規は、「退職手当については、あらかじめ就業規則等で定められた支払い時期に支払うことで足りる」(昭63.3.14基発150号)としています。これは、退職手当が、労働基準法11条に規定する賃金には該当せず、使用者の自由意思に基づいて定め得べき「任意的・恩恵的」な性質を有するからです。

 したがって、退職手当の支払いを、労働基準法23条の規定に基づいて使用者に請求することはできません。

請求してから七日が経過した場合 

 既往の賃金(但し請求した日から七日を経過する日よりも早く通常の賃金支払い日が到来する場合を除く。)であれ、労働者の権利に属する金品であれ、権利者が請求した日から七日を経過しても、支払われない、又は返還されない場合は、事業所に最寄りの労働基準監督署に当該事実を申告してください。

まとめ

 このように、退職の際はブラック企業に預けた金銭や物品を速やかに請求して返してもらいましょう。
 賃金についても、賃金支払い期日が、退職日から七日を経過する日より後に到来するのであれば、退職日と同日に支払い請求をしておいた方が無難でしょう。
 使用者も、退職する労働者から請求があった場合は、労働者の権利に属する物品に関して異議の無い部分を請求日から七日以内に返還しなければなりません。賃金についても同様に、先に賃金支払い期日が到来しない限り、異議の無い部分を請求日から七日以内に支払わなければなりません。「経営が苦しいから、暫(=しばらく)待ってくれ」というわけにはいかないのです。