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終身雇用にはブラック企業になりうるDNAがある

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はじめに

終身雇用は、定年まで雇用期間を限定しないという雇用形態です。

定年までの雇用が保障されるのなら、安全安心で良いじゃないかと思う方も中にはいるでしょう。

しかし、果たして本当に安全安心でしょうか?

前回の記事では、終身雇用と労働時間との関係性について論じました。

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終身雇用は、繁忙期において長時間労働や過労死を引き起こす最大の要因です。

これは、企業内部の労働市場において、労働者数をなるべく変動させずに労働者一人当たりの労働時間数だけで雇用調整を図ろうとすることに起因しています。

但しこの場合の繁忙期とは、企業の業務量が事業所や職種に関わりなく一様に増大したときを意味します。

では、企業内の特定の事業所や職種だけが忙しくなった場合はどうなるでしょうか?

雇用調整とは何か?

企業の生産水準の変動に対応して、労働投入量を増減させ、利潤を最適化することを「雇用調整」といいます。

ここで労働投入量は、次の式で定義されます。

労働投入量=労働者数×労働者一人当たりの労働時間

このように、労働投入量の変動要素には、労働者一人当たりの労働時間数の他に、労働者数があります。

しかし、終身雇用制の場合、労働市場が企業内部に閉じているため、労働者数を変動させるためには、企業内の特定の事業所や部署でこれを行うしかありません。

雇用調整の例(勤務地)

簡単のため、ある企業において、A事業所とB事業所という2つの事業所が存在したとします。A事業所において製造される製品の需要が高まり、生産水準が上がったとします。

すると、企業は36協定の範囲内でA事業所に勤務する従業員の労働時間を長くするでしょう。これが前回述べた労働時間による雇用調整です。

雇用調整にはもう一つの考え方があります。

労働者数による雇用調整です。

通常の雇用調整の考え方に従えば、A事業所に通勤可能な労働者を新規に雇用するでしょう。しかし、終身雇用制を前提とすれば、そう簡単に話は進みません。

終身雇用として一旦採用した以上、よほどのことが無い限り労働者を解雇することはできません。したがって、A事業所が忙しくなったからといって、近隣の労働者をその都度新規に採用していたら、再びA事業所の生産水準が低下した際、たちまち余剰人員が発生し、経営をひっ迫させます。

では、どうすればよいか。

このときは、B事業所の労働者をA事業所に移転させることによって対応します。

これが転勤という概念です。

事業所を全国的に展開している大企業になればなるほどこの現象は頻回に起こり得ます。したがって、終身雇用を前提とする大企業の正社員ほど全国転勤は必須です。

ましてや、世界的に事業を展開するグローバル大企業においては、海外転勤も必須です。

転勤は、終身雇用を保障する上でのバーター(交換条件)として使用者が労働者に課すものです。したがって、何ら合理的な理由もなく転勤を断ると終身雇用が保障されません。

すなわち、解雇されます。つまり、上記下線部の「よほどのこと」の中の一つに「何ら合理的な理由もなく転勤命令を断ったとき」が含まれます。

また、1人の労働者に課されるべき転勤の回数に制限はありません。

したがって、使用者は労働者に対し無制限に転勤命令の行使が認められています。

下記は、転勤を断った場合にどうなるかについて判例をもとに論じています。

参考にしてください。

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雇用調整の例(職務内容)

前節では、勤務地という空間的な概念で話を進めましたが、今度は仕事の内容について考えます。

どの企業も、それぞれの従業員が、総務・営業・研究開発職・製造職…といった具合に、さまざまな職務に就いています。

では、あるときある商品の販促の必要性が高まり、営業職が急激に必要になったとします。

通常の雇用調整の考え方に従えば、営業に長けた人材を営業職として大量に採用するでしょう。

しかし、終身雇用制を前提とする限り、そう簡単には話は進みません。

終身雇用制とは一旦採用した以上よほどのことが無い限り解雇されないという雇用形態です。したがって、営業職が急激に必要になったからと言って、営業職を大量に採用したら、何らかの理由で商品の販促の必要性がなくなったとき、たちまち余剰人員が発生し、経営をひっ迫させます。

では、どうすればよいか。

このときは、他の職種に就いている労働者を営業職に人事異動させることによって対応します。人事異動の際、勤務先も異なれば、転勤も伴います。異動前の部署においては、人事異動に伴い人手が手薄になった分、長時間労働も余儀なくされるでしょう。

職務内容の変更も、終身雇用を保障する上でのバーター(交換条件)として使用者が労働者に課すものです。したがって、何ら合理的な理由もなくこれを断ると終身雇用が保障されません。

すなわち、解雇されます。つまり、上記下線部の「よほどのこと」の中の一つに「何ら合理的な理由もなく人事異動を断ったとき」が含まれます。

終身雇用を前提とする以上、「〇〇職のスペシャリストとして定年まで全うしたい」といった具合に職種を限定することはできないのです。

ただし、医師・看護師や弁護士のように何らかの国家資格を有することを条件として採用された場合や、大学教授のように極めて特殊な専門知識を有することを条件として採用された場合においては、終身雇用を前提としていても職種を限定することが許される場合もあります。

しかし、大部分の場合、終身雇用を前提とする限りジョブローテーションは不可避と思って差し支えないでしょう。

「終身雇用にはブラック企業になり得るDNAがある」について

上記のように、終身雇用として働く以上、労働時間や勤務地・職務内容が無限定とされます。使用者が社員を容易に解雇できない以上、企業内で閉じた労働市場のみで雇用調整を行うことが要請されるからです。

このために使用者には、無制限の配転命令や実質青天井の時間外勤務命令の行使が認められています。配転とは、転勤と職務内容の変更の双方を含む概念です。

これらは、本来は経営上の要請に基づくものですが、もし使用者がこれらを逆手に取った場合どのようになるでしょうか?

その瞬間、終身雇用を保障する企業が、その人にとってブラック企業になり得ます。

つまり、ブラック企業になり得るDNAとは、「使用者が終身雇用を逆手に取り無制限の人事権行使を労働者に施すこと」を意味します。

例:

  • マイホームを購入した途端に居住地からはるか遠方の地に転勤命令を下す
  • 本社勤務から、片田舎の小規模営業所に転勤命令を下す(俗にいう左遷)
  • 事務職から肉体労働を必要とする職種に異動する
  • 逆に、肉体労働を得意とする労働者を事務職に異動する

まとめ

経済が常に右肩上がりであった高度経済成長期においては、終身雇用制は安全安心の代名詞でしたが、現代においては「一つの会社にしがみつくこと」と同義です。

現在は、好景気の真っ只中ですが、つい数年前までは、経済情勢は未曽有の不況に見舞われていました。

終身雇用制においては、単一企業という極めて閉鎖的な労働市場の中で、労働投入量の適正化が行われます。

必然的に、繁閑の差に応じて、残業時間の大きな変動として現れ、また、転勤や業務内容の変更が頻繁に行われます。

終身雇用制は、好景気であれ不景気であれ、景気変動が労働条件に与える影響をもろに受けやすく、結果として、働く人々への大きなストレスとなっています。

つまり一つの企業にしがみついてさえいれば安心という考え方は、自分でブラック企業を招き入れているようなものなのです。