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円滑な人材移動や同一労働同一賃金を阻害する要因は何か

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はじめに

 先の衆院選で、200人以上の候補者を擁しながら、当選者がわずか50人という「希望の党」の大惨敗ぶりは、皆さんの記憶に新しいと思います。希望の党は結党当初から分裂含みの様相を呈しており、いつ消滅してもおかしくありません。そこで今回は、希望の党が消滅してしまう前に、政策分析をしておきたいと思います。本記事では、同党の政策のうち、雇用・労働政策をいくつかピックアップして論じます。

希望の党の政策について

 こちらから、希望の党の政策集を見ることができます。

ブラック企業ゼロについて

  • 若者を苦しめるブラック企業について、残業、休暇、給与などに関する要件を明確化し、該当企業の名前を公表することにより、「ブラック企業ゼロ」を目指す。

 何やら公党が掲げる政策とは思えないような稚拙な内容ですが、一応言及します。まず、「『ブラック企業ゼロ』を目指す」というのなら、どういう企業が「ブラック企業」なのかを定義する必要があります。また、「残業、休暇、給与などに関する要件を明確化し、…」とありますが、現行の職業安定法や労働基準法でも十分対応できます。

 ブラック企業の企業名公表に関してですが、2017年から厚生労働省は、労働基準関係法令の違反により労基署から書類送検された企業を同省ホームページ上でリスト化し企業名を公表しています。つまり、政策に掲げなくとも既に実行に移されています。

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 法令違反を繰り返す企業を狭義にはブラック企業と定義できますが、広義にはいくらでも定義を拡張することができます(例:クラッシャー上司が蔓延り、ガバナンスが欠落している;パワハラが横行している;ワンマン経営が罷り通っている;顧客とのトラブルが絶えないなど)。しかし、これらに客観的指標が存在しない以上、ブラック企業として公表に踏み切ることは難しいでしょう。

 希望の党の「ブラック企業ゼロ」の公約については、本サイトですでに記事にしているので、こちらも参照ください。

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その他の政策について 

  • 働き方改革の推進、再就職支援制度の抜本拡充などにより成長分野への人材移動を円滑化するとともに、「時差 Biz」による「満員電車ゼロ」実現など生活改革を進め、労働生産性を高める。
  • 長時間労働に対する法的規制
  • 同一価値労働同一賃金

 政策において、働き方改革の推進を掲げているということは、現政権の推進する働き方改革に否定的な見方を示していないと見ることも出来るでしょう。実際に、長時間労働に対する法的規制や同一価値労働同一賃金は、現政権の働き方改革関連法案の中にも盛り込まれている事項です。

「時差 Biz」について

 「時差 Biz」と口では簡単に言いますが、行政手続きの慣例や商慣行とも密接に絡んでおり、そう簡単にはいかないでしょう。例えば、午前10時ごろ都庁に行っても、担当者がまだ出勤していないので出勤するまでお待ちくださいというわけにもいかないでしょう。

 人工知能が飛躍的に進展すれば、担当者が機械である可能性もあるのでそのようなことも可能になるかもしれませんが、はたして何年先のことになるでしょうか。

「満員電車ゼロ」について

 「満員電車ゼロ」は、少なくとも国政政党が政策に掲げるべき問題ではないでしょう。そのようなことは、東京都など満員電車が顕著に存在するような地域において論じられるべき事項です。

 地方では、自動車通勤が当たり前になっている地域も存在します。都道府県によっては、満員電車ゼロよりも交通渋滞ゼロが議論の俎上に挙げられるべき地域も存在します。

「人材移動の円滑化」について 

 「成長分野への人材移動を円滑化する」という政策については、筆者も賛成です。果たしてこれをどのように実現するかですが、希望の党の政策には「働き方改革の推進、再就職支援制度の抜本拡充などにより」としか述べられていません。抽象的かつ曖昧過ぎて具体的に何のことを言っているのかいま一つ掴めません。もともと政策が空っぽで、経緯が不透明なままで結党された国政政党なので、美辞麗句をくっ付けて文章化しただけという印象を否めません。

 そもそも、成長分野への円滑な人材移動がなされないと、斜陽産業に労働保蔵がなされ非効率です。一方の成長産業も人材不足に陥り、成長に歯止めがかかってしまいます。そこで、現状において何が円滑な人材移動を阻害しており、その局面を打開するためにはどうしたらよいかを考える必要がありそうです。

円滑な人材移動を阻害するものは何か

 そもそも円滑な人材移動すなわち雇用の流動化を阻害する要因は、日本型雇用慣行にあります。ここにメスを入れない限り、雇用の流動化など絶対に実現しません。以下、もう少し詳しく解説します。

日本型雇用慣行とは

日本型雇用慣行は次の3つで特徴付けられる雇用慣行です。

  1. 終身雇用
  2. 年功序列賃金
  3. 企業別労働組合

 このような慣行は他国に類を見ないため、「日本型」雇用慣行と言われています。

終身雇用とは

 終身雇用とは定年までの雇用が保障されている制度です。

 会社に重大な経営危機が訪れない限り、会社都合で社員を解雇(整理解雇)することができません。会社都合に依らない解雇も解雇権濫用法理という判例法理によって厳しく制限され、例えば、単なる能力不足という理由だけで社員を解雇することはできません。

 地位確認訴訟が長期化し、解雇無効の判決が下った場合、使用者は巨額のバックペイの支払い義務を負います。現状では解雇基準が明確化・透明化されていないため、何らかの司法手続きに依った場合、解雇有効と判断されるか否か・解決金の額はどれくらいか・解決に至るまでの期間はどれくらいかの予測が全く不可能です。

 そのため、使用者は、解雇に及び腰になるようになり、非効率な労働保蔵がどんどんなされていきます。すなわち、終身雇用は雇用の流動化を阻害する要因の一つです。

年功序列賃金とは

 年功序列賃金とは、若いうちは生産性を下回る賃金しか受け取れず、中高年に生産性以上の賃金を受け取ることによって過不足清算を行うという賃金制度です。

 経済が右肩上がりで、若年労働者の安価かつ旺盛な労働力に頼ることのできた高度経済成長期には有効に機能しました。しかも、この賃金形態は熟練労働者の囲い込み機能も併せ持っていました。

 しかし、現代では生産年齢人口比率が低下の一途を辿っており、若年労働者が不足し、中高年労働者の相対的比率の上昇に伴い、人件費の総量が肥大化しています。

 年功序列賃金は、転職をすれば勤続年数に比例して与ることのできる恩恵がリセットされるため、労働移動インセンティブが阻害されます。したがって、年功序列賃金制も雇用の流動化を阻害する要因の一つです。

 また、労働時間に応じて賃金が支払われるため、時間単価の高い中高年では生活残業というモラルハザードが生じやすく、一方で、単価の安い若手では、如何に労働投入を施したかというシグナリングが後々の出世のための指標となる場合があります。これらはいずれも、長時間労働を誘発する要因となります。

 年功序列賃金においては、勤続年数が有力な評価指標になるため、成果とは無関係です。結果として労働生産性の低下という悪影響を及ぼしています。

企業別労働組合とは

 最後に、企業別労働組合について考えます。

 日本の場合、A社ならA労働組合、B社ならB労働組合といった具合に、企業別で労働組合が組織されています。実は、こういった労働組合の組織形態も雇用の流動化を阻む最も大きな要因となっています。

 この組織形態は、労働市場の形成や雇用調整のあり方とも密接に関連しています。

 ある会社に正社員として入社した際、その企業の全従業員の過半数で組織される企業別労働組合への加入が義務付けられます。逆に、同組合を脱退すると使用者は同労働者を解雇する義務を負います。この制度をユニオン・ショップ制といいます。したがって、企業別労働組合の存在する企業においては、極めて閉鎖性の高い労働市場が形成されます。これを内部労働市場と言います。

 内部労働市場のもとでは、使用者に対し、強大な人事権が付与されます。なぜならば、使用者は、内部労働市場の成員すなわち自己の抱える従業員のみで雇用調整を図ることに迫られるからです。

強大な人事権とは

 強大な人事権とは、配転・出向・時間外労働に対する無制限の人事権行使のことを意味します。以下具体例を示します。

配転

 職務内容の変更および転勤の双方を含む概念です。基本的に言って正社員はこれに逆らうことができません。

(例:経営企画本部⇒営業;東京本社⇒沖縄支店など)

出向

 指揮命令権が本体からグループ企業(子会社)に移転することです。基本的に言って正社員はこれにも逆らうことができません。

(例:〇〇株式会社⇒〇〇サービス株式会社など)

時間外労働

 これが現在最も問題になっている雇用調整手法です。

 諸外国では、繁忙期が訪れた際、なるべく人を雇用し業務量の調整を図ります。しかしながら、日本では終身雇用が基本となっているために、既存従業員の労働時間の長短で雇用調整を図ろうとします。

 現行(2019年3月31日)では、繁忙期において許される時間外労働の延長限度を青天井で設定できます。ただし、繁忙期の特例は、労使間で事前に協定が締結されていることが前提です。これが、現在問題になっている、特別条項付き36協定です。しかし、一旦協定を結んだ以上は、使用者は、労働者に対し、協定の範囲内で時間外勤務命令を発令することができます。これが長時間労働の発生メカニズムです。

 そのため、過労死の問題と正面から向き合うなら、内部労働市場による雇用調整の実効性を犠牲にする必要があります。したがって、特別条項付き36協定においても、時間外労働の延長時間の限度に何らかの規制を加える必要があります。

 このように、使用者と企業別労働組合を基本とする日本的な労使交渉のあり方が、極めて硬直化した労働市場を形成し、円滑な労働移動を阻害し、ひいては、長時間労働の招いているのです。

同一労働同一賃金について

 企業別労働組合が存在する企業において、非正規社員は同組合に加入することができません。非正規社員は、ユニオンショップの組織対象から排除されているためです。

 したがって、春闘を始めとする使用者との集団的労使交渉の場においては、組合は、正社員の要望を代弁するものの非正規社員の要望を代弁することはありません。結果としてこれが、正規・非正規の不合理な格差を生み出し、同一労働同一賃金の実現を阻む原因ともなっています。

まとめ

 以上みてきたように、日本型雇用慣行が是正されない限り、「成長分野への人材移動を円滑化する」こともできなければ、「労働生産性を高める」こともできなければ、「長時間労働を解消する」こともできなければ、「同一労働同一賃金を実現する」こともできません。

 日本型雇用慣行とは、先述の3つの要素から成り立っていますが、終身雇用・年功序列賃金を積極的に推し進めてきたのは、他ならぬ企業別労働組合です。そして、企業別労働組合の総本山とも言うべき組織が連合です。

 ところで、希望の党の当選者のほとんどが、かつて民進党に在籍していた国会議員です。したがって、今回の衆院選も何らかの形で連合傘下の労働組合から支援を受けていたものと思われます。したがって、彼らから応援を受けた以上、希望の党の雇用・労働政策の実現は不可能です。

 ところで、代表選立候補者の一人、玉木雄一郎議員は次のように述べています。「若者と会って話を聞いて耳を傾けないと若者からの支持は得られない」と。

 「希望の党は、政策のマッチポンプが国民の前に露呈し、早晩消滅してしまうのが関の山」と思っていたら、国民民主党の結党により同党は本当に消滅してしまいました。