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キリンビール社員の飲みニケーション叱責はパワハラに当たるか?

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はじめに

 9月5日にオンエアされた『ガイアの夜明け』に登場したキリンビール営業マンの話がネット上で問題になっています。

news.biglobe.ne.jp

 番組コーナーの主役は、キリン営業マンの小畑義典さん(35)。関西地区で、スーパーマーケットを担当しています。関西地区ではアサヒが強く圧倒的なシェアを誇っていますが、6月5日キリンは主力商品「一番搾り」のリニューアルを発表しました。

 小畑さんの話は、関西地区でのシェア拡大を狙いこの新商品を引っ提げてあるスーパーを訪れるところから始まります。小畑さんは出荷目標を前年比の2倍に設定していましたが、全体目標の1.5倍にも達していませんでした。営業会議において、そこを先輩社員に追及されたところ小畑さんは言い訳に終始しました。そこで、その日の夜、先輩社員たちは小畑さんを飲みにケーションに誘うことになりました。ネット上で問題視されているのは、この飲みにケーションでの先輩社員の発言です。

飲みにケーションの場で何が語られたか?

 キリンビールの入ったジョッキ片手に乾杯し、飲みにケーションが始まりました。以下、問題の箇所を引用します。

  • 先輩社員:「覚悟が足らん!」
  • 先輩社員:「おまえの今のまま10年後になったら下の子がついてこないでしょ。」
  • 先輩社員:「俺、できない、知らない、やだ。そんなやつにリーダーやってほしくない。だから厳しくしている。」
  • 先輩社員:「お前、どんだけやっとんねん。やれや。できるやろ。」
  • 小畑さん:涙止まらず…

これらの発言がパワハラに該当するか考察する

 上記の発言がパワハラに該当するか検討します。

 厚生労働省が定義するパワハラには、次の6つの類型があります。

  1. 暴行・傷害(身体的な攻撃)
  2. 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
  3. 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
  4. 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
  5. 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
  6. 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

 番組の映像および発言内容を見る限り、飲みにケーションの場で1・2・3・5・6の要素は全く見当たりません。問題は、「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)」というパワハラ類型に該当するか否かです。これに該当する可能性のある発言は、「お前、どんだけやっとんねん。やれや。できるやろ。」です。ただし、「(何を)やれや。(何が)できるやろ。」の何の部分が不明であるため、直ちにパワハラと断定することはできません。

 番組の流れから類推すると、「何」の部分は、小畑さんが設定した「前年比2倍という出荷目標」を意味するものと思われます。であるとするならば、先輩社員のこの発言はパワハラに該当しません。なぜなら、2倍という数値目標は、遂行可能なものとして小畑さん自身が設定したものだからです。つまり、業務上遂行不可能なことの強制に該当しません。

 ただし、先輩社員の「(何を)やれや。(何が)できるやろ。」の「何」の部分が「前年比3倍」あるいは「前年比4倍」という具合に、小畑さん自身が設定した数値目標を超えるものであれば、パワハラに該当する可能性があります。

パワハラか否かという問題よりブランドイメージはどうなったか

 筆者は下戸なので、普段ビールを飲むことはありません。したがって、キリンだろうがアサヒだろうが筆者には関係ありません。しかしながら、お酒を飲む人にとって、この放送内容は大きな影響があったと思います。なぜなら、消費者の消費行動に影響するからです。

 ビールなどのお酒は、本来楽しく飲むべきものと筆者は思います。少なくとも、上司や先輩から注意や叱責を受け涙を流しながら飲むものではありません。これで、ビールを美味しく飲めるわけがないと思います。こんなことくらい、ビールをほとんど飲まない筆者でもわかります。番組を観た多くの視聴者も、キリンの体質を相当ブラックだと思ったことでしょう。

 ところで、キリンのウェブサイトに、次のような事業理念が掲げられています。

ビジョン:日本をいちばん元気にする、飲料のリーディングカンパニーになる。

www.kirin.co.jp

 日本をいちばん不元気にする飲み方を全国に振りまいたことによるブランドイメージの棄損は計り知れないものがあるでしょう。

同調圧力の恐ろしさ

 先ほど、「お前、どんだけやっとんねん。やれや。できるやろ。」の「何を」や「何が」の部分が、小畑さん自身が設定したものであれば、先輩社員のこの発言はパワハラに該当しないと説明しました。逆に言うと、この事実は、遂行不可能な数字を自分で設定してしまうと、先輩や上司から追及された際、パワハラと認定され難くなってしまうことを意味しています。遂行不可能なことは同調圧力に屈せずはっきりと拒絶することが何よりも重要なのです。

 この事実は、73年前にいったい何があったかを思い起こしてみれば答えは明らかです。

73年前の出来事とは何か

 73年前の出来事とは、旧日本軍による特別攻撃(特攻)です。特別攻撃とは、戦闘機などに爆弾を積んで、敵の空母等に体当たりするという攻撃のことです。特別攻撃に出撃すれば生きて帰ってくることはできません。大西瀧治郎中将がこの作戦を発案したと言われています。

 特別攻撃作戦が初めて実行されたのは、1944年10月のレイテ沖海戦においてです。このころは、志願制の形をとっており、志願者の中から特攻隊員が選ばれていました。しかし、戦局がさらに悪化し、1945年4月の沖縄戦のころになると、特攻は形式上は志願制であるものの、半ば強制的なものへと変貌していきました。これは、元特攻隊員で出撃前に終戦を迎えた方の証言からも明らかになっています。

 つまり、いくら志願制という形を取っていても、「お前、どんだけやっとんねん。やれや。できるやろ。」と上官に言われたら、当時の状況としては断りづらかったということなのです。

特攻拒否を貫いた芙蓉部隊

 そのような人命軽視の大和魂絶対主義のもと、特攻を公然と拒み、科学的な思考に基づく通常戦法を終戦まで貫いた部隊がいます。美濃部正少佐率いる芙蓉部隊です。

www.jiji.com

 時事通信は、1945年2月末の連合艦隊主催の次期作戦会議の模様を記述しています。

 美濃部少佐は、会議に出席した司令官の中で、最若輩で末席だったそうです。しかし美濃部少佐は決して怯むことなく、海軍首脳部が示した沖縄戦での全機特攻方針に強硬に反対しました。その結果、芙蓉部隊だけは特攻編成から除外され、通常攻撃を続けることになりました。作戦会議を終え、部隊へと帰ってきた美濃部少佐は、搭乗員を集め「俺は貴様らを特攻では絶対に殺さん!」と言っていたそうです。

まとめ

 先日紹介したインパール作戦も然り、太平洋戦争で何が行われ、そしてそれがどのような結果を導いたのかを考察すれば、ブラック労働を回避する上で有用な知見が得られます。 

www.mesoscopical.com

 現代は、武器を手にして他国と戦争しているわけではありません。しかし、他国や同業他社と経済競争をしていることだけは確かです。関西地区におけるキリンとアサヒのシェア争奪戦もその一例です。

 戦略的思考を度外視し、精神論だけに基づいて「お前、どんだけやっとんねん。やれや。できるやろ。」と言っているようでは、どっちが勝利するかは目に見えているでしょう。