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ノーベル賞候補グッドイナフ教授:画期的な全固体電池を開発

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はじめに

 現在、車載用電池はリチウムイオン電池(LIB)が主流です。

 1980年、オックスフォード大学(現:テキサス大学)のジョン・グッドイナフ教授はコバルト酸リチウム (LiCoO2) などのリチウム遷移金属酸化物を正極材料とするリチウムイオン二次電池を発明しました。これが、LIBの起源です。そのため、グッドイナフ教授は、リチウムイオン電池の父と言われています。1985年、旭化成の吉野彰フェローらは、炭素材料を負極とし、コバルト酸リチウムを正極とするLIBの基本概念を確立しました。これらの功績によって、グッドイナフ教授と吉野フェローはノーベル賞候補に挙げられています。

 LIBを初めて商品化したのはソニーです。今から26年前の1991年のことです。1999年、ソニー・エナジー・テックと松下電池工業は電解質にゲル状のポリマーを使うリチウムイオンポリマー電池を商品化しました。電解質が液体でなく準固体のポリマーを用いているため、準固体電池ともいわれています。現在、多くのモバイル機器・ドローンなどに使用されています。

 その後、正極材料・負極材料などに幾多の改良が重ねられ、現在に至っています。

全固体電池について

 液体の電解質によるLIBは、何度も急速充電を繰り返していると、デンドライトと呼ばれる樹枝状の結晶が成長していきます。デンドライトの成長はショートの原因となり、電池に決定的なダメージを及ぼします。電解質を固体化すれば、デンドライトの成長を抑制することができます。

 全固体電池はこういった背景から長年研究対象とされてきたものであり、世界中でいろいろな研究機関が研究に参画しています。どこかの自動車会社だけが突然やり出した研究ではないのです。

グッドイナフ教授らによる画期的な全固体電池

 米テキサス大学オースティン校のジョン・グッドイナフ教授らの研究チームが、これまでより安全性が高く、長時間電気を供給できる全固体二次電池を開発した。

 今回開発した固体ガラス電解質を持つ二次電池は、電極材にリチウムよりコストの安いナトリウムやカリウムといったアルカリ金属も使えるようになるという。

 さらにエネルギー密度は現行のリチウム二次電池の少なくとも3倍あり、1200回以上の充放電のほか、寒冷地でEVに使えるよう、マイナス20度Cでも二次電池が機能することを確かめた。全固体電池で60度Cを下回る温度できちんと作動したのも初めてという。

(参照元:『日刊工業新聞』2017.03.06) 

www.nikkan.co.jp

 これってすごいことですよね。何がすごいかというと、地球上に潤沢にあるナトリウムが電極材に用いられるようになったということです。さらに、電解質にガラス材料を用いることで、全固体電池を実現しています。これにより、デンドライトの成長を抑制し、安全性を高めています。

 また、電解質そのものもリチウムフリーとすることができ、全固体ナトリウムイオン電池としても動作します。電解質の製造自体も容易です。また、この固体ガラス電解質は、電気双極子を形成しやすく、結果として、両電極側に電気二重層が形成されやすい特長を持っています。この効果により、蓄電池としての性能がアップしています。

 さらに凄いのは、エネルギー密度が現行のリチウム二次電池の3倍以上という大容量化を実現していることです。すなわち、材料コストを低減でき安全性が高くかつ大容量の全固体二次電池です。寒冷地に適するように低温動作も実現しています。また、従来の全固体電池に見られるような粉末分散タイプではなく、電極に金属板を用いることができるとのことです。構造が非常に単純なため、量産に向いています。

 さらに、試作品段階ですが、充電時間も数時間から数分へ短縮できるとしています。

 しかし、ノーベル賞候補のグッドイナフ教授ですら、試作品段階における充電時間短縮化をもってして、「電気自動車を3分で充電できる」とは豪語していません。

 そもそも、リチウムイオン電池の発明自体がノーベル賞級なのに、このガラス電解質全固体電池の発明もノーベル賞級だと思います。グッドイナフ教授、恐るべしですね。

トヨタの全固体電池について

 それから2か月後の今年の5月の日経ビジネスの記事です。

business.nikkeibp.co.jp

 トヨタの全固体電池が中心の提灯記事です。トヨタの全固体電池は、従来型LIBの電解質が、有機電解質などの液体あるいはポリマーなどの準固体から、超イオン伝導体という固体に代わったとするものです。

 記事の中に、従来型のリチウムイオン電池と比較した図が載っていますが、どちらもイオン伝導の担い手はリチウムイオンです。電極も同じです。したがって、タイトルにある、「リチウムイオン電池の後釜」というのは誤りで、「従来型リチウムイオン電池の後釜」と言うべきでしょう。なぜなら、どちらもリチウムイオンが伝導の担い手なので。

 全固体化を実現しているので安全性を高めることはできます。しかし、グッドイナフ教授の全固体電池と異なり、ナトリウムより高価なリチウムを使っているため、低コスト化は期待できません。エネルギー密度に関しては、トヨタのが従来型LIBの2倍であるのに対し、グッドイナフ教授のガラス電解質型の全固体電池は従来型LIBの3倍です。充放電回数は、トヨタのが1000サイクルの実証に留まっているのに対し、グッドイナフ教授のガラス電解質型の全固体電池は1200サイクル以上を実証しています。

カップラーメンが出来上がるのと同じ時間で車が充電できるというのなら実際にやって見せよ

 通常カップラーメンが出来上がるまでの時間は3分ですが、これと同じ時間で電気自動車を充電できるかもしれないと言うお花畑生息系の人がいます。

トヨタの全固体電池をEVに搭載すれば、約3分で充電できる可能性もある(参照元:『日経ビジネスオンライン』)

と。

 しかし、3分でEVが充電できるという理論的根拠が薄弱です。EVのスペックが不明なのに、3分という数字はどこから出てきたのでしょうか。まさかミクロとマクロの見分けがつかない人がいるとでもいうのでしょうか。

 手のひらサイズのミニカーのEVであれば話は別ですが、人が乗れるくらいのEVでこれが可能というのなら実際にやって見せてもらえないでしょうか。もちろん、航続距離300mとかそういうのは無しですよ。ある程度の航続距離を担保し、実用に供するものでなくてはなりません。

 また、次のような記述も見られます。

 これなら、蓄電池を大量に積んでエネルギー容量をむやみに増やさずとも、充電頻度を増やすことで走行距離を大幅に伸ばせる(参照元:『日経ビジネスオンライン』)

と。しかし、これっておかしくないですか?

 結局、頻繁に充電が必要と言っているのと同じです。例え充電時間が短くなったとしてもすぐに電欠を起こしそうになって、充電スポットをいちいち探さなければならない方がはるかに面倒です。それに、充電頻度を上げると、電池の寿命にも影響してきます。すぐに壊れるような車だったら買わない方がましです。

カップラーメン開発者は製品開発を成功させる前に「お湯を入れて3分で出来上がる可能性」とは公言していない

 ところで、カップラーメン開発者は、製品開発を成功させる前に、「お湯を入れて3分で出来上がる可能性」とか「3分で出来上がることを視野に」とは公言していません。開発者は、具を凍結真空乾燥するのに相当苦労したそうです。

 世界初のカップラーメンが完成したのは、昭和46年9月のことです。日清食品のカップヌードルです。それから2か月後の、昭和46年11月21日の日曜日に、銀座の歩行者天国でカップヌードル2万食を用意し、街頭販売を始め、営業担当社員が次のように声を張り上げカップラーメンの完成を公言しました。

 画期的な食べ物ができました!

と。

 人々は何事かと足を止め、次第に行列ができ始め、2万食がわずか4時間で売り切れたそうです。このように作ってなんぼのものではないでしょうか。

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(世界初のカップラーメンに群がる黒山の人だかり:昭和46年11月21日 東京銀座【参照元:『プロジェクトX 魔法のラーメン 82億食の奇跡』】

リチウムイオンポリマー電池は新しい技術ではない 

 話を元に戻します。

 日経ビジネスオンラインの記事では、積水化学のリチウムイオンポリマー電池(LiPo電池)に対する言及がありますが、リチウムイオンポリマー電池は新しい技術ではありません。電解質にゲル状の準固体を用いたリチウムイオンポリマー電池は今から18年前の1999年に実用化された技術です。実際既に、多くのモバイル機器に用いられています。

まとめ 

 日本経済新聞は、次のように報道しています。

www.nikkei.com

 テスラのイーロン・マスクCEOの トヨタの全固体電池に関するコメントです。 

 電池の量産は何もないところから急に始まるものではない。

 本当にその通りだと思います。リチウムイオン電池だって、1980年にグッドイナフ氏が発明してから1991年にソニーが実用化するまで11年の歳月を費やしています。テスラが電気自動車の会社として設立されたのは2003年のこと。14年かかって、やっと航続距離の長い大衆向け電気自動車の発売までもっていきました。日産が初代リーフの発売を開始したのは、今から7年前の2010年のこと。開発期間を含めればもっと以前から電気自動車に携わっていたと思われます。

 日経ビジネスオンラインによると、トヨタは5年後には、「EVの3分充電の実現も視野に」と言っています。「視野に」ってどういうことでしょう。

 大辞林によると、「視野」の意味は次の通りです。

しや[1]【視野】

①一点に視線を固定したままの状態で見ることのできる範囲。視界。「全景を-におさめる」

②望遠鏡・顕微鏡などで像の見える範囲。

③思慮や判断の及ぶ範囲。識見。「広い-から判断する」

起こりうる可能性として考慮すべき範囲。「交渉再開も-に入れる」

 ここでの「視野」は4番目の意味で使っています。つまり、「~も視野に」というのは誰でも言えることであり、起こりうる可能性として考慮しているに過ぎません。

 つまり、「EV3分充電ができる場合もあるし、できない場合もある」と言っているに過ぎないのです。