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日本型雇用慣行:73年前のマリアナ沖海戦から考察する

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はじめに

日本型雇用慣行を成立させるには、労働需給の観点から、次の2つの条件を満たす必要があります。

  1. 企業が発展していてどんどん人を雇うことができること
  2. 若い人材をどんどん労働投入できる環境にあること

上記を満たすためには、経済が成長し生産年齢人口比率が上昇基調でなければなりません。

生産年齢人口比率とは、全人口に占める生産年齢人口(15~64歳人口)の割合のことをいい、それが上昇基調とは、若い労働力が増え続けていることを意味します。そうすれば、企業内の年齢構成を若年層にシフトすることができ、企業経営に有利に働きます。

高度経済成長期には、この2つの条件が満たされており、日本型雇用に有利な環境が整っていました。こうして、日本は、世界でも類を見ない最適工業社会を実現し、1968年には、GDPで当時の西ドイツを抜いて世界第二位の経済大国に躍り出ました。

しかしながら、1995年以降はGDPが500兆円あたりを一定に推移し、低成長時代を迎えています。生産年齢人口比率も1995年以降は減少傾向にあり、若い旺盛な労働力を投入できる環境にありません。

すなわち、1995年以降、日本型雇用を維持するのに必要な前提条件は破綻してしまったのです。

マリアナ沖海戦によって示された教訓とは?

社会情勢変化に対応できず、過去の成功体験にしがみつくことの弊害について、良い教訓を与えてくるのが太平洋戦争です。

とりわけ、敗戦を決定付けたマリアナ沖海戦は、最も適切な教訓を与えてくれます。

以下、平成5年に放送された「NHK ドキュメント 太平洋戦争  マリアナ沖海戦」からマリアナ沖海戦の背景・経過・結果について記します。

マリアナ沖海戦とは?

ミッドウェー海戦やアッツ島の戦いの敗北によって、太平洋戦線が大きく後退したことを受け、昭和18年9月の御前会議において、大本営は、絶対国防圏の確立を決定した。

この絶対国防圏の要衝とされたのが、当時住民2万人余りが暮らしていた日本の委任統治領サイパンである。

一方、アメリカ軍は航続距離6000㎞の大型長距離爆撃機B29を完成させており、サイパン島を起点とすれば、日本本土への戦略爆撃が可能となっていた。

そこでアメリカ軍は、昭和19年6月15日、サイパン島を含むマリアナ諸島侵攻作戦を開始した。

この事態を受け、日本海軍は、敵艦隊を撃滅する「あ」号作戦を発動し、持てる艦船と航空機の全てを投入して、マリアナ沖に集結させた。

こうして始まったのが、マリアナ沖海戦である。

日本海軍の古い考え方が最新鋭レーダーの開発を遅らせた

アメリカは、真珠湾攻撃を受け、航空機による攻撃から戦艦や空母などを守るレーダーを最重要の防御装置と位置づけ、開発に力を入れてきた。

これに対し、日本海軍は依然として艦隊を主力とした先制集中攻撃を金科玉条とし、艦隊決戦主義から容易に脱却できなかった。

こういった攻撃最優先の姿勢は日清・日露戦争の成功体験に基づいていたことは言うまでもないが、艦隊決戦主義はミッドウェー海戦での敗北によって既に破綻していた。

それにもかかわらず、海軍の指導部は、その変化に対応できず、マリアナ沖海戦でも同じ手法で戦いに臨んでしまった。

しかも、この古い思想に基づく戦術が、レーダーなどの防御装備を軽視することにも繋がったのである。

73年前の日米防御システムの差

レーダーの差

アメリカ軍の艦船には、航空機の方向・距離・高度を探知するレーダおよび360度敵の位置を表示するPPI(平面型レーダー表示機)とよばれる装置が装備された。また、レーダーの情報を集中管理し、航空管制によって上空の航空機に無線で指令を伝えた。

一方、日本も、艦船に電波探信儀と呼ばれるレーダーを装備していたが、その探知能力はアメリカのそれに比べ著しく劣り、おおよその距離と方向が分かる程度であった。また、手動式のアンテナしか備えられておらず、検出感度も低く、航空機の信号を検出することは非常に難しかった。

当時の日本の艦船には、遠くの目標を見分ける厳しい訓練で鍛え上げられた見張りの兵士によって防御が支えられていたが、その検出能力には限界があった。

航空機の防御システムの差

アメリカはこの時すでに、F6Fヘルキャットと呼ばれる、戦闘能力がゼロ戦と同等かつ防御能力にも優れた戦闘機を完成させていた。

F6Fには、パイロットを守る防弾鋼鈑や燃料タンクを守る特殊ゴムなど防御のための様々な工夫が施されていた。これは、戦力としてのパイロットの損失を最小限にとどめることが設計思想として埋め込まれていたからである。

一方、ゼロ戦は、攻撃性能を上げるために、機体を軽くすることが旨とされた。

部品に多くの穴をあけることで機体の軽量化を施したため、航続距離を伸ばし運動性能を上げることに寄与したものの、パイロットの人命を尊重する姿勢は損なわれ、F6Fのような防御装置も装備されなかった。

そこで、ゼロ戦を設計する民間の技術者から、「攻撃機にも防御装置は必要であり、特に、防弾タンクは絶対必要」との要望が、海軍軍令部になされ、これを受け、昭和18年夏、海軍上層部と航空機設計技術者とで、ゼロ戦の防御についての会議が開かれた。

このとき、軍令部航空参謀源田実中佐が会議の流れを決定付けた。源田中佐は、真珠湾攻撃の航空参謀で、航空作戦において強い発言力を持っていた。

 この会議に参加した技術者の談によると、源田中佐は突然立ち上がり、「みんなの議論を聞いていると情けない。大和魂で突貫しなければならない。たるんでいるぞ。」と言い放ったという。

その結果、会議に参加した技術者たちは、皆沈黙してしまい、結局、ゼロ戦には十分な防御装備が付け加えられなかった。

以後、防御システムを甘く見た結果、優秀なパイロットを次々と失い、攻撃力をも失っていった。

マリアナ沖海戦へ

昭和19年6月19日午前7時30分、日本の第1次攻撃隊が発進していった。

それから2時間後、アメリカ軍空母レキシントンに装備されたレーダーが、日本の編隊の位置を前方200㎞・高度3500mと特定し、直ちに、アメリカの航空編隊に情報が伝えられた。アメリカ軍空母に向かい編隊飛行を行っていた日本海軍攻撃部隊の上空に突如として、ヘルキャットの編隊が現れた。

迎撃を潜り抜け艦隊に到達したものの…

午前9時45分、ヘルキャットの迎撃を潜り抜けた日本の攻撃機がアメリカ艦隊に達した。

これに対し、アメリカ艦隊から対空砲火された砲弾はかつてないほど正確に狙いが定まるものに進化していた。

これは、アメリカが、VT信管と呼ばれる、新型の砲弾起爆装置を実戦配備していたからである。

VT信管とは、周囲15mの範囲で電波を発出し、対象物を感知するやいなや砲弾を炸裂させ、その破片と爆風で、対象物に衝撃を与えるという起爆装置である。これも、敵機から艦船を守るために導入された一種の防御兵器であった。

VT信管を装備した砲弾を雨あられのように受け、日本海軍の攻撃部隊は、壊滅状態に陥った。

かくして、日本連合艦隊は壊滅状態に陥り、日本の敗戦は決定的となった

翌6月20日午後3時、アメリカの機動部隊が発艦し、日本艦隊へと向かったが、日本軍のレーダーがようやく信号を捉えた頃には、アメリカ機動部隊が目前に迫っていた。

午後5時、アメリカ機動部隊が日本艦隊を攻撃したが、前日、航空機の大半を失っていたため、これを迎え撃つ手立てもなかった。

ここに、日本海軍の連合艦隊は壊滅的な打撃を受け、その後のサイパン島の陥落へと繋がっていったのである。

マリアナ沖海戦の敗北を受け、日本の前線部隊から軍令部あてに、高性能の対空レーダーの開発を求める訴えが相次いだが、もはや日本海軍には要望を満たす体制も物資も失われていた。

その後約4か月の時を経て、昭和19年10月12日、B29がサイパン島に到着した。その後に続く、B29の本土爆撃によって、日本の敗戦が決定的となった。

終戦直後、アメリカ軍が提出した日本の科学技術についての調査報告書には次のように記されている。

日本の軍部は現代的な戦争兵器の中でレーダーがいかに重要であるかを早くに認識することは無かった。優れた科学者を擁しながら、人的資源を有効に活かせなかったのは全て軍部と独善と過信によるものであった。

マリアナ沖海戦から日本型雇用について考える

マリアナ沖海戦は、過去の成功体験に裏打ちされた時代遅れのシステムが、環境変化に対応できず、やがて壊滅的な打撃が加えられるさまをよく表しています。

これは、現代の雇用労働のシステムにも通じるところがあります。

以下、マリアナ沖海戦から得られた教訓を基に、この問題について考えます。

マリアナ沖海戦の教訓1:既得権者が独善と過信から古い慣行に固執するとやがて破滅が訪れる

太平洋戦争における海軍軍令部の上層部は、日清・日露戦争を経て、艦隊決戦主義という古い戦い方による成功体験に基づき出世した人たちです。

しかしながら、ミッドウェー海戦の敗退によって、その戦い方が破綻しているのは明らかでした。そして、アメリカの新型防御兵器を前に、環境変化に全く対応できず、結果として壊滅状態に追いやられました。

現代の日本の働き方についても同じです。

日本型雇用慣行という高度経済成長期の成功体験に基づき形成された働き方が、バブル崩壊後の社会構造の変化によって破綻しているのは明らかです。

にもかかわらず、この雇用システムに乗っかった既得権者がこれ以上この働き方に固執し続ければ、グローバルな経済情勢変化に対応できず、結果として日本経済が壊滅状態に追いやられることは早晩明らかとなるでしょう。

マリアナ沖海戦の教訓2:人命を軽視した結果優秀な人材を次々と失っていった

ゼロ戦の設計者から、防弾タンク装備の要請が海軍軍令部あてになされたとき、当時大きな発言力を有していた源田実航空参謀は、大和魂が枯渇していることを理由に、その要望を一蹴しました。これにより、優秀なパイロットが次々と失われ、結果として、航空機による攻撃能力をも奪っていきました。

では、現代において優秀な人材を大切にしていると言えるでしょうか? 

日本型雇用においては、内部労働市場のみに頼った硬直化した雇用調整の方法が図られます。これが結果として、長時間労働の温床となっています。

長時間労働を前提とすれば、脳血管疾患・虚血性心疾患の発生リスクが高まり、場合によっては死に至ることもあります。また、うつ病を始めとする精神疾患を引き起こし、自殺を思いとどまらせる行為選択能力が阻害されることすらあります。

医学的見地から、このようなことはずっと前から明らかになっているのに、なおも、現状の硬直化した労働市場を改めないことは、旧日本軍と同じく、人命軽視の姿勢の現れと言って過言ではないでしょう。

マリアナ沖海戦の教訓3:科学技術を軽視し効率の悪い方法に固執した

日本海軍では、科学技術を軽視し、手動のレーダーしか開発できなかったといいます。とても実用に足るものではありませんでした。

戦後直後に提出されたアメリカの報告書によると、日本の科学者の人的資源は豊富にあったと報告されています。

にもかかわらず十分な性能のレーダーを開発できなかったのは、全て軍部の無理解によるものです。

現代でも、日本の科学者や技術者は諸外国に比べ、ほとんど優遇されていません。これが才能ある科学者や技術者の人材流出を引き起こし、結果として経営体力や国力を低下させているのです。 

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まとめ

現代においてあらゆる角度から、日本型雇用に経済合理性が存在しない客観的証拠がたくさんあるにもかかわらず、それでもなお未だに、大多数の人が日本型雇用を是としているのはなぜでしょうか?

筆者は、このような単一価値観に基づく全体主義的な風潮の危うさをひしひしと感じます。

皆が寄らば大樹の陰に至らんとして大会社に就職し、若いうちは年功序列賃金制のもとでひたすら忍従し、中高年になって低賃金で労働投入した分を清算し定年まで勤めあげることが良しとされる単一価値観のもとでは、いずれ社会全体が破綻することでしょう。