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信賞必罰:シャープの業績回復をどのように捉えるべきか

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はじめに

 8月12日で、シャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入ってから1年が経過しました。シャープは、平成29年4~6月期連結決算まで3四半期連続で最終黒字を確保。株価も、鴻海出身の戴正呉(たい・せいご)氏が社長に就任する直前に100円辺りを推移していたものが、現在は400円辺りを推移しています(下図参照)。

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 この1年間のシャープの株価の推移(参照元:『産経新聞』)

 1年で株価を4倍に吊り上げるとは辣腕の経営者です。鴻海の力なくして、潰れかかっていた会社がここまで回復することはなかったでしょう。

戴正呉社長はこの1年間に何をおこなったのか

 戴社長は、この1年間に経営スピードの向上と徹底したコスト削減を行いました。

 経営スピードの向上のために戴社長がおこなったのは、意思決定の迅速化です。鴻海が買収する前のシャープは、液晶事業の不振で、2016年3月期には2559億円もの純損失を計上。開発スピードが速くマーケットの潮流も目まぐるしく変化する液晶事業をどう取り扱うべきか右往左往としているうちにどんどん赤字が膨らんでいきました。一方、鴻海出身の戴社長は、テレビ会議システムを駆使し、社長室と国内外40拠点とを結び、担当役員や事業部トップとその場で意思決定すると言います。これが、開発期間の短縮をもたらし、業績アップにも繋がりました。

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 コスト削減については、社長自らが300万円以上の経費支出を精査したと言います。これにより無駄な出費を徹底的に減らしました。戴社長がおこなったコスト改善はこれだけではありません。社員に対し、徹底した実力主義を導入したことです。戴社長自らも、「私が大きく改善したと感じるのはコスト意識だ」と、実力主義の成果を評しています。

戴社長がおこなった実力主義とは

 戴社長がおこなったコスト改善は、給与体系にも現れています。それは、「信賞必罰」と呼ばれる給与体系を新たに導入したことです。戴社長は、今年3月13日の記者会見で、2017年度の一時金について、平均で年間4カ月分を支給すると発表しました。日本経済新聞が報じています。

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 平均4カ月分は、16年度の平均2カ月分から倍増しています。ただし、個々の支給額は成果に応じて、1カ月分から8カ月分と大きな幅を持たせるという点が大きな特徴です。戴社長はその他に、新入社員でも優秀なら入社半年後に大幅な給与の引き上げも実施するなど、人事・給与制度の刷新を表明しています。「信賞必罰」は、年功序列賃金から成果賃金へと改めるために布石を打つものです。戴社長にしてみれば、グローバルスタンダードと相容れない、日本独特の年功序列型の賃金体系にどうしても違和感があったのでしょう。

「信賞必罰」という言葉の由来

 「信賞必罰」は、中国戦国時代(紀元前403年-紀元前221年)に活躍した思想家、韓非が著した、「韓非子」の故事成語に因んでいます。その原文・書き下し文・現代日本語訳は次の通りです。

原文

賞莫如厚而信、使民利之、罰莫如重而必、使民畏之、法莫如一而固、使民知之

書き下し文

賞は厚くして信に、民をしてこれを利とせしむるに如(し)くは莫(な)く、罰は重くして必に、民をしてこれを畏(おそ)れしむるに如くは莫く、法は一にして固く、民をしてこれを知らしむるに如くは莫し。

現代日本語訳

賞は、手厚く確実にして、民衆がそれを欲しがるようなものが最もよく、罰は、厳しくのがれがたくして、民衆がそれを恐れるようなものが最もよく、法は一定で堅固にして、民衆にとってわかりやすいものが最もよい。

 (出典:『韓非子【第四冊】』(金谷治訳注、岩波文庫))

韓非子の「信賞必罰」を超訳する

 日本では、賞与を「〇ヶ月分」と、月収単位で換算しています。ところが、日本企業において月収は、年功序列賃金が色濃く反映されています。月数を皆一律に支給した場合、結局のところ勤続年数に応じて賞与の額面に差が現れます。個別単位の賞与の幅については、上司の査定によって多少の変動があるものの、平均月数から大きく逸脱するものではありません。すなわち、日本企業における賞与の報酬体系は、勤続年数とは大きく連動するものの成果とはほとんど連動していません。

 ところが、シャープでは、賞与の平均を4カ月分とし、個別には、1か月から8カ月まで幅を持たせました。前年度の平均が2カ月分であったことを鑑みれば、平均値が倍増しているので業績に連動していると言えますが、賞与が1カ月分であった従業員にとっては、業績が回復しているにもかかわらず賞与が減少していることになります。したがって、この報酬体系は実質的に成果給と考えてよいでしょう。

 では、シャープの報酬体系に韓非子の「信賞必罰」を当てはめ、超訳します。

会社への貢献度が高ければ賞与は、手厚く確実にして、ハイパフォーマーがそれを欲しがるようなものが最もよく、給料過払い状態への制裁は、厳しくのがれがたくして、ローパフォーマーがそれを恐れるようなものが最もよく、成果に基づく評価の基準は一定で堅固にして、従業員にとってわかりやすいものが最もよい。

まとめ

 かつて経済成長が著しかった頃、労使交渉の末、ボーナス〇カ月分と一律に支給していた賞与のありかたは、平等意識や仲間意識ひいては企業に対する帰属意識を定着させることに繋がりました。もっとも、これは、勤続年数別に従業員を集団化した場合の横並び意識に過ぎません。

 しかし、経済活動がボーダーレス化しグローバルな競争に晒され、経済変動の著しい現代では、完全にその意義を失いつつあります。このような横並び意識は、成果を上げた従業員はやる気を失い、成果を上げなかった従業員は危機感が醸成されることなく、全体としての活力を失うことに繋がります。

 あれほど潰れかかっていたシャープの業績が回復したのは、戴社長の経営手腕に依りますが、とりわけ、年功序列賃金という世界的にも特異な賃金体系を刷新し、成果型報酬を導入したことが影響しています。

 戴社長は、孟子の「長幼の序」よりも、韓非子の「信賞必罰」のほうが経済合理性に適っていると結論付けたのです。