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働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

若手社員の8割が理想の上司像として描いたのはどんな人か?

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はじめに

 高度プロフェッショナル制度の創設を「残業代ゼロ法案」と法律的に誤った解釈をし、反対する人たちがいます。高度プロフェッショナル制度の対象労働者は、時間外・休日労働協定の締結対象から除外されているため、残業という概念がそもそも存在しません。「残業代ゼロ法案」でなく「残業ゼロ法案」ならばまだマシですが、敢えて「」という言葉を付しているところを見ると、結局のところ、給料過払いのダラダラ残業パラダイスを温存させたいとする中高年ローパフォーマーの強固な意志が現れているとも言えるでしょう。

理想と現実の狭間に揺れる若手社員のアンケート結果

 総合人材サービスのパーソルプロセス&テクノロジー株式会社は、社会人1年目から3年目までの若者300人を対象に、理想の働き方に関する調査を行いました。「夜遅くまで残業でバリバリ働きながら成果を出す人」と「残業ゼロで定時に帰宅しながら成果を出す人」のどちらが上司として憧れるかという設問に対し、後者が82%という結果が得られました。一方、どちらが実際に身近にいる上司のタイプかという設問に対しては、後者が28%という結果が得られました。

 すなわちこの結果は、成果を出しながらさっさと仕事を切り上げる上司を理想としつつも、実際はそのような上司をあまり見かけないという現実に揺れる若手従業員の姿を浮き彫りにしています。

年功序列賃金の弊害

 上記の調査結果は、ある不都合な真実が若年労働者に露呈しつつあることの現れです。不都合な真実とは、中高年労働者のダラダラ残業が若年労働者に弊害しかもたらさないということです。そして、中高年ダラダラ残業は、年功序列賃金の賃金構造が為せる弊害の一つです。

年功序列賃金とはそもそも何か

 中高年ダラダラ残業の発生メカニズムは、年功序列賃金の賃金構造を分析すれば容易に理解できます。多くの人は、年功序列賃金制を、「賃金が勤続年数に応じて上昇していく制度」と理解していると思いますが、実際は異なります。

 年功序列賃金制とは、「金と生産性との差が勤続年数に応じて上昇していく制度」を意味します。もう少し具体的に説明します。

賃金カーブと生産性カーブ

 本来、労働者の賃金は、自身が編み出した成果すなわち労働生産性に応じて支払われるべきものです。労働者の年齢を横軸にして、縦軸に賃金を描いた曲線を賃金カーブ、縦軸に労働生産性を描いた曲線を生産性カーブといいますが、生産性に応じて賃金が支払われていれば、下の図のように賃金カーブと生産性カーブは一致します。

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 しかしながら、年功序列賃金制のもとでは、賃金カーブが歪んでいるため、両者は一致しません。

年功序列賃金制の賃金構造

 年功序列賃金制では、若年労働者の賃金が生産性より低くなるように、一方で、中高年労働者の賃金が生産性より高くなるように、意図的に賃金カーブを歪ませています。下の図は、年功序列賃金制の賃金構造の模式図です。

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 賃金から労働生産性を引いたものを差分と定義すると、新入社員は差分がマイナスからのスタートです。その後、差分の絶対値は徐々に小さくなっていき、ある年齢で0に到達します。このとき、労働生産性と賃金が等価になります。この年齢を損益分岐点と定義すると、損益分岐点は、おおむね40歳前後と見積もられています。その後、勤続年数を重ねるにしたがって、差分は大きくなっていき、定年間際で最大値を示します。これが、年功序列賃金制の賃金構造です。

中高年労働者の賃金過払い分の原資はどこか

 上記をまとめると、損益分岐点より高年齢ゾーンに位置する中高年労働者は、給料が過払い状態にあると言えます。しかし、人件費の総量は毎年決まっているので、どこかで帳尻を合わせなければなりません。企業は、過払い給与の原資を、若年労働者の賃金を低く抑えることで調達しています。これを賦課方式といいます。ちょうど年金のシステムと同じ方式です。したがって、今後少子高齢化が進展し、生産年齢人口比率が減少の一途を辿れば、若年労働者に益々負荷がかかるのは自明の理と言えるでしょう。

労働時間に応じて賃金が支払われれば、若年労働者に負荷がかかる

 現行の労働基準法では、管理職や裁量労働制の対象労働者を除いて、労働時間に応じて賃金が支払われています。裁量労働制には、研究職など専門性の高い職種に適用される専門業務型裁量労働制と、企画職など事業の中枢に近い業務に適用される企画業務型裁量労働制の2種類があります。これらの場合、労働時間に応じてではなく、成果に応じて賃金が支払われます。

 しかしながら、成果に関わりなく労働時間に応じて賃金が支払われることを前提とした場合、次のように非常に特異な現象が発生します。低生産性かつ高賃金の中高年労働者がダラダラと長時間残業をした場合、過払い分の原資を調達するために、高生産性かつ低賃金の若年労働者に過大な負荷がかかります。これが、若年労働者の長時間過密労働の真因です。

年功序列賃金制を迅速に放棄したアメリカ

 ところで、皆さんは、日本よりも前に年功序列賃金制を採用する国が存在していたのをご存知でしょうか。アメリカ合衆国です。 

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 アメリカ合衆国では、1920年代、「狂騒の20年代」と呼ばれる空前の好景気を背景に大企業を中心に年功序列賃金制が定着していきました。ちょうど日本において、高度経済成長期という空前の好景気を背景に年功序列賃金制が定着していったのと同じ様相です。しかし1970年代になると、当時急速な経済成長を遂げたあるアジアの一国のあおりを受け、アメリカ合衆国経済に陰りが見え始めました。あるアジアの一国とは、他ならぬ日本のことです。そこで、アメリカ合衆国は、70年代の10年間をかけて年功序列賃金を完全に放棄しました。その結果、80年代には、賃金構造がフラットになり、入職時から、成果に応じて賃金が支払われるようになりました。アメリカが賃金構造を一向に改めなかったら、現在のような繁栄の礎を築けなかったかもしれません。

中国はどうか

 「年下の者は年上を敬え」とする長幼の序は、儒教の教えに基づいています。儒教発祥の地は言わずと知れた中国です。しかしながら、中国では、年功序列賃金制を採用していません。儒教の教えと、経済合理性とは別の話なのです。

日本はどうか

 2000年代より、中国が急速な経済発展を遂げ、2010年ついに実質GDPで日本を追い抜き、世界第2位に躍り出ました。しかし、この間、日本は年功序列賃金という時代に適わない賃金構造を一向に改めませんでした。1970年代のアメリカが日本の経済発展を眼前に10年かけて年功序列賃金を放棄したのと対照的です。

まとめ

 現代の若者が、上司の理想像を「残業ゼロで成果を出す人」と見るのは当然の結果と言えるでしょう。その比率も82%と高い数値です。一方で、現実にそのような上司に遭遇している若者は28%しかいないというアンケート結果が得られました。このギャップは何を意味しているのでしょうか。

 多くの若者は、年功序列賃金制の賃金構造を深く理解していないかもしれません。しかしこのアンケート結果は、ダラダラ残業している中高年を目前にして、「年功序列賃金制はヤバイ」と何となく肌で感じ始めていることの裏返しではないでしょうか。