Mesoscopic Systems

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年功序列賃金が時代に合っていない十分すぎる理由

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はじめに

本サイトでも何度か指摘している通り、終身雇用・年功序列賃金は現代では非常に問題の多い制度です。

終身雇用は、硬直化した労働市場を招き、業務の繁閑に応じた柔軟な雇用調整を非常に難しくしています。

必然的に、内部労働市場における労働投入量、すなわち、残業時間の長短で雇用調整を図らざるを得なくなります。

ひいては、これが、繁忙期には正規従業員に対し過重な業務量の負担に繋がり、逆に、経済不況が訪れた際には、企業が大量の余剰人員を抱えることに繋がり、経営状態を圧迫させます。

一方、年功序列賃金は、若年期において生産性より低くなるよう賃金を抑制し、生産性が低下し始める中高年になって賃金が過大に支払われることによって、定年時に入社以降の賃金総額と生産総額とを一致させるという方式に基づいています。

この賃金体系が成り立つためには、経済が成長しかつ生産年齢人口比率が上昇基調であることを要します。

日本では、高度成長期がこれらの条件を満たす特殊な状況下にあったと考えられ、当時は経済合理性に見合った賃金体系だとみなされてきました。

しかしながら、年功序列賃金は、上記前提条件のどちらか一つでも崩れると成立しません。

年功序列賃金は、言わば生産性カーブと賃金カーブとが一致しない賃金体系のため、経済成長が鈍化し企業の生産活動が衰えると、人件費総額が生産活動で得た成果を上回り、人件費負担の過大を招きます。

また、少子高齢化を背景に生産年齢人口比率が低下し始めると、労働者の高齢化を招き、人件費を増大させる方向に働きます。

すなわち、年功序列賃金は、経済が成長し続け、かつ、労働力需給の均衡を保つために若年労働者を常に労働投入し続けられるような状況に無いと、成り立たないシステムなのです。

戦後日本経済の3つの区分について

戦後日本の経済は、終戦後の混乱期を除けば、下の図のように3つに区分されます。

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 出所:公益社団法人 経済同友会資料(2017年6月)

それぞれの時期について詳しく見ていきます。

高度経済成長期(1954年~1973年)

高度経済成長期には、ニクソンショックを除けば、実質GDP増減率が、6%~12%台を推移していました。

この時期には、岩戸景気・オリンピック景気・いざなぎ景気と呼ばれる、実質GDP増減率が一時10%を超える好景気が存在しました。

三種の神器に代表される物質的な生活レベルの向上に資する内需拡大、国際的に見て比較的安価な労働力および1ドル360円という有利で安定的な為替相場を背景に、輸出をどんどんと伸ばしていきました。

この間に、終身雇用・年功序列・新卒一括採用という日本型雇用が次第に形成・定着していきました。

高度経済成長期は、スミソニアン体制が終焉し、為替相場が変動相場制に突入する1973年3月まで続きました。

安定成長期(1973年~1991年)

為替相場が変動相場制に突入してから、この間、1ドル300円台からどんどんと円高が進行していきました。

また、この間、オイルショックと呼ばれる景気後退期を2度も迎えました。

実質GDP増減率も、高度経済成長期の約半分の3%台~6%台をおおむね推移していました。

自動車・電気製品・半導体などを対象として、日米貿易摩擦が勃発したのもこの時期でした。

1985年、貿易不均衡を解消するため、為替レートの安定化を目的とするプラザ合意が日米間でなされました。

プラザ合意を発端とする急激な円高に対抗する激変緩和措置としてなされた金融政策が、内需主導型の景気拡大を生み、これがバブル経済へと突入していくきっかけとなりました。

バブル経済の下では、従業員の賃金の上昇トレンドを生み、日本の労働力は、国際的に見て安価ではなくなりました。

貿易に有利に働いていた為替相場においても、プラザ合意を皮切りにさらに円高が進行していきました。

失われた20年

1991年のバブル崩壊以降、日本経済は大きな経済不況に見舞われることになりました。

2年後の1993年には、実質GDP増減率が第一次オイルショック以来のマイナスとなりました。

その後は、実質GDP増減率が、おおむね0%~2%のあいだを推移し、3%を超えることがほとんどなくなりました。

また、実質GDPがマイナス成長に終わる年も何度かありました。

とりわけ、2008年に勃発したリーマンショックは、1929年の世界恐慌以来の世界同時不況で、その年、日本は実質GDPが前年に比べマイナス3%台という大きな経済危機に見舞われました。

すなわち、年功序列賃金を維持するのに必要な、高い経済成長率という前提条件の一つがもはや完全に崩れ去ってしまいました。

生産年齢人口比率について

年功序列賃金制を維持するためには、高い経済成長率に加えもう一つの前提条件を満たす必要があります。

それは、生産年齢人口比率が上昇基調にあるということです。

生産年齢人口比率とは、全人口に占める生産年齢人口(15歳~64歳)の割合のことをいいます。

上昇基調とは、生産年齢ゾーンから退出する人より入ってくる人の方が多い、すなわち、若者がどんどん増え続けているという意味です。

そうでないと、労働者の高年齢化を招き、企業の人件費負担が重くのしかかります。

下の図は、内閣府による年齢階級別の人口推移です。

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では、この図に基づき、上記各々の時代における生産年齢人口比率の推移について見ていきましょう。

高度経済成長期

1950年~1970年の20年間は生産年齢人口比率が上昇基調にあり、この間60%から70%まで上昇しました。

したがって、高度経済成長期では、生産年齢人口比率はほぼ上昇基調にあったと考えてよいでしょう。

この安価で旺盛な労働力が、高度経済成長期を牽引していました。

安定成長期

1970年~1995年の25年間は生産年齢人口比率の上昇基調が終焉し、高止まりの傾向を示します。

この間、70%前後を推移しています。

この期間は、生産年齢ゾーンから退出する人も、それに突入する人もほぼ同じで、定常的であったと言えます。

失われた20年

バブル崩壊後の経済低迷期とほぼ時を同じくして、生産年齢人口比率にも大きな変化が現れます。

1995年をピークに、その後、生産年齢人口比率の減少傾向がずっと続きました。

内閣府の推計によると、20年後の2015年には、遂に1950年頃と同水準の60%程度にまで落ち込みました。

この間、若者の労働力はどんどん失われ、労働者の高齢化がどんどん進行していきました。

すなわち、年功序列賃金を維持するのに必要なもう一つの前提条件も、この期間に完全に失われていったのです。

今後の予測

生産年齢人口比率は、5年ごとに行われる国勢調査に基づいています。

内閣府は、2010年から2015年の間に人口構成の大きな変化を予測しました。

一つ目は、この間に日本の総人口が減少傾向になるということです。

すなわち、人口減少社会の突入です。

もう一つは、75歳以上の後期高齢者および65歳から74歳までの前期高齢者の人口比率が、ともに、0~14歳の子供の人口比率を上回るということです。

すなわち、本格的な少子高齢化社会の突入です。

これに伴い、生産年齢人口比率も今後急激に減少していくと予測しています。

2015年以降、生産年齢人口比率は50%台に突入し、1950年の調査開始以来、最低レベルを更新し続けるとみられています。

このような状況において、なおも年功序列賃金を継続させようとするのは、まさに狂気の沙汰と言えるでしょう。

まとめ

以上のように、年功序列賃金は、高い経済成長率および生産年齢人口比率の上昇傾向という2つの前提条件を満たさないと成り立たない賃金体系です。

このうち、生産年齢人口比率については、今後、急激な減少傾向が続くと予測されています。

それはもはや自然現象であり、何人もこの傾向を変えることはできません。

では、経済成長率についてはどうでしょうか?

国際情勢や金融・財政政策によって変動することもありますが、生産年齢人口が減少し続ければ経済規模自体が縮小していきます。

ただし、これは、労働生産性が変わらないと仮定すればの話です。

労働生産性を高めるには、成果を出した者(生産性を高めた者)に対し相応の賃金を保障すること、すなわち、生産性カーブと賃金カーブとを一致させる必要があります。

しかしながら、年功序列賃金は、労働生産性を高めるための合理性を保持していません。

なぜなら、年功序列賃金は、勤続年数に応じて賃金が決定される方式をとっており、生産性カーブと賃金カーブとが一致しないからです。

すなわち、年功序列賃金は、

  1. 生産年齢人口比率の低下に伴い労働者が高齢化し企業の人件費負担が重くのしかかる
  2. 生産性カーブと賃金カーブとが一致していないため、労働生産性の向上を阻害し、生産年齢人口の減少に伴い経済規模が縮小する

という2重の意味で、時代に合っていないのです。