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高度プロフェッショナル制度:全く正反対の2つの社説を比較する

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はじめに

7月31日、2つの新聞の紙面上に、高度プロフェッショナル制度(高プロ)に関し全く意見の異なる社説が掲載されました。

1つは、読売新聞、そしてもう1つは琉球新報です。

オンライン上でも、ほぼ同時刻に公開されました。

www.yomiuri.co.jp

ryukyushimpo.jp

とかく単一方向に揺らぎがちな日本のメディア言論空間にあって、多様な意見が交錯するのは健全な状態であるといえます。

そもそも高プロの表現の仕方から違う

読売新聞では、高プロのことを、「脱時間給制度」と表現しています。

筆者の知るところ、高プロを脱時間給制度と表現しているのは、この他に日本経済新聞があります。

一方、琉球新報は、高プロのことを、「残業代ゼロ(法案)」と表現しています。

読売新聞と日本経済新聞以外の多くのメディアがこの表現を使用しています。

高プロは、正式には、「特定高度専門業務・成果型労働制」といいます。

「特定高度専門業務・成果型労働制」を「脱時間給」と「残業代ゼロ」のどちらで表現するのがふさわしいのでしょうか。

特定高度専門業務・成果型労働制の定義

労働政策審議会(会長:樋口 美雄 慶應義塾大学商学部教授)では、平成25年9月から労働条件分科会(分科会長:岩村 正彦 東京大学大学院法学政治学研究科教授)において今後の労働時間法制等の在り方について審議を重ねてきました。その結果、平成27年2月13日、結論に達し、厚生労働大臣に対し建議を行いました。

今回は、この建議の内容に沿って、考察します。

建議報告書には、特定高度専門業務・成果型労働制の定義が次のように示されています。

一定の年収要件を満たし、職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象として、長時間労働を防止するための措置を講じつつ、時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した新たな労働時間制度

上記のうち、「時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した」という表現が特に重要です。

労働基準法では時間外・休日労働をどのように規定しているか?

俗にいう「残業」は、労働基準法においては時間外労働といいます。

時間外労働とは、労働基準法32条において規定される法定労働時間を超える労働をいいます。

一方、休日労働とは、労働基準法35条において規定される法定休日における労働をいいます。

ところが、時間外・休日労働は行政官庁に対して何も手続きを取らなければ、違法とされます。

過半数労働組合あるいは過半数代表者と使用者とが時間外・休日労働について話し合い、書面による有効な協定を締結し、労働基準監督署に届け出ることによって始めて時間外・休日労働が認められます。

この協定こそが、時間外・休日労働協定すなわち36協定です。

36協定が有効な協定となるには、細かな要件が課されています。

例えば、雇用形態を問わずその事業所に直接雇用されるすべての労働者の過半数で組織される労働組合が協定に関与していなければ、有効な労使協定とはみなされません。

このとき、管理監督者等は時間外・休日労働協定の適用から除外されます。

つい最近、電通の36協定において、労働者の過半数で組織されない労働組合が締結に関与していたことが発覚しました。

東京地検が電通の違法残業事件に対する捜査の過程で発見しました。 

www.mesoscopical.com 

時間外・休日労働協定の締結対象とならない労働者は現在も存在する

 先ほど、36協定締結にあたり、過半数要件の全労働者数から管理監督者等は除外されると言いました。

これはいったいなぜでしょうか?

管理監督者等は、労働時間の算定方法が通常の労働者とは異なるからです。

管理監督者等には、経営者と一体的な立場にある管理職と機密の事務を取り扱う者(秘書等)がいます。

このような人たちは、法定労働時間を適用するになじまない人たちであり、時間外・休日労働協定の適用から除外されています。

例えば、管理監督者たるA課長がその会社の終業時刻を超え、夜遅くまで仕事をしていたとします。

この場合、A課長は労働時間管理の対象から外されているため残業しているわけではありません。

「A課長は、経営と一体不可分の立場にあるため法定労働時間を適用するになじまない人だ」というのが正確な表現です。

A課長は、法律的に言って残業していないのですから、労働基準法37条に規定される時間外労働の割増賃金すなわち残業代が出ないのは当然です。

また、部分的に36協定が適用除外とされている人たちもいます。

みなし労働時間制が適用されている人たちです。

みなし労働時間制には次の3種類があります。

  • 事業場外労働
  • 専門業務型裁量労働制
  • 企画業務型裁量労働制

これらの対象労働者になっている場合は、時間外・休日労働協定のうち、時間外労働に関する部分のみが適用除外とされます。

休日に関する適用は排除されません。

すなわち、みなし労働時間制の対象労働者も、法定労働時間を適用するになじまず、使用者による時間外労働の割増賃金の支払い義務は発生しません。

(ただし、事業場外労働と事業場内労働とが混在した場合は、話は別です。)

しかし、法定休日に労働した場合は、休日労働の割増賃金の支払い義務は発生します。

時間外・休日労働協定まとめ

以上をまとめると、労働者が、時間外労働協定の締結対象とされて始めて、残業という観念を容れる余地があるのであり、当該協定の適用除外とされていれば、当該労働者に、残業という概念は存在しません。

したがって、時間外・休日労働協定の締結対象から除外される高プロ対象労働者は、労働時間の算定方法が異なるため、残業や休日労働という概念が存在しません。

残業や休日労働という概念が存在しなければ、使用者に時間外・休日労働の割増賃金の支払い義務も発生しません。

したがって、高プロないしは高プロ対象労働者を「残業代ゼロ」と表現するのは、法律的に言って間違いなのです。

以上から、高プロを正しく表現しているのは、「読売」と「日経」だけであり、その他のマスコミは、法律的に間違った表現を使っていることになります。

琉球新報の社説について

琉球新報の社説に次のような記述が見られました。

残業規制を含む働き方改革関連法案とセットでの成立をもくろんでいる。水と油のような両法案を切り離し、過重労働や残業時間の規制を優先して徹底審議するよう強く求める。(琉球新報7月31日社説より)

文脈から、「水と油」とは、「労働時間の総量規制」と「高度プロフェッショナル制度の創設」のことを指していると思われます。

「両法案を切り離し…」とありますが、ここに大きな誤解があるようです。

どちらも、労働基準法の改正案であり、前者は、特別条項を規定した労働基準法36条、後者は、労働時間の算定方法について規定した労働基準法38条を改正することが想定されます。

立法府において両者を切り離し、個別具体的に審議する正当性がどこにありますか?

残業時間の総量規制と高プロとは水と油でも何でもない

「残業時間の総量規制」と「高度プロフェッショナル制度の創設」とは水と油ではありません。

「残業時間の総量規制」は、残業時間を短くすることが目的です。

したがって、仮に「高度プロフェッショナル制度の創設」によって残業時間が長くなるのであれば、水と油たりえます。

しかし、先述の通り、そもそも高プロには残業という概念が存在しません。

残業があるものと残業が無いものを比べて、両者が二律背反だと言っても仕方が無いのです。

残業時間が青天井とはどういうことか?

そもそも、今般残業時間に総量規制を加えようとしているのは、これまで残業時間が事実上青天井になるように設定することが容認されてきたからです。

この、「青天井」の本当の意味はどこにあるのでしょうか?

以下、この点について考えます。

時間外労働の限度に関する基準について

残業はそもそも労働基準法違反であり、36協定の締結によって、免罰的効果が付与され、初めて、残業の法的根拠が与えられます。

どのくらいまで法定労働時間を超えて延長することができるかについては、協定内容の如何に依ります。

協定で定める、延長時間の限度に関しては、厚生労働省は、時間外労働の限度に関する基準(平成10年労働省告示第154号)を定め、協定締結当事者は、この基準に適合するよう36協定の延長時間を定めなければならない(労働基準法36条第3項)とされています。

繁忙期における特別延長時間について

しかし、業務量が特に著しいときには、この基準をも超えて、延長時間を設定しても良いことになっています。

この厚生労働省の基準をも超えた当該延長時間のことを、特別延長時間といい、特別延長時間が設定された36協定のことを特別条項付36協定といいます。

現行の労働基準法においては、特別延長時間を何時間に設定してもよい、すなわち、上限無しになっています。

これが、「青天井」の本当の意味です。

ここに、具体的な上限をあてはめ、特別延長時間にも規制を加えようとしているのが、今回の「残業時間の総量規制」の議論です。

先般の政労使合意では、ひと月の時間外労働に関しては、100時間未満と落ち着きました。

「残業時間の総量規制」と両立し得ない正体は何か?

終身雇用を前提とした雇用調整について

では、なぜ今まで上限なしの特別延長時間という長時間労働を誘発するような制度が罷り通っていたのでしょうか?

これは、これまでの日本社会における雇用調整のあり方と深く関係しています。

日本型雇用慣行を特徴づけるものの一つに終身雇用があります。

終身雇用では、基本的に労働者を解雇できません。

この厳格な雇用保障の形成をサポートする役割を果たしてきたのが、解雇権濫用法理です。

閑散期が訪れた場合でも、その理由のみでもって労働者を解雇することは解雇権濫用法理によって許されません。

したがって、繁忙期が訪れたからと言って、正規従業員を雇用し、内部労働市場に組み入れることも容易ではありません。

なぜなら、景気変動の激しい昨今、再び閑散期が訪れたときに、企業は容易に解雇できない余剰人員を大量に抱えることに繋がるからです。

使用者はこの事態をあらかじめ想定し、必要最小限の内部労働市場の成員でもって、繁閑の差に対応しようとしているのです。

したがって、人員の増減の柔軟性が担保されずに業務の繁閑に対応するためには、実務上、既存従業員の労働時間を長くしたり短くしたりするよりほかありません。

例えば、閑散期に使用者は時間外労働禁止命令を発令し、定時退社を促したり、逆に繁忙期には、36協定の特別延長時間を適用し、労働者を事実上青天井で働かせたりすることが考えられます。

残業時間の総量規制と両立し得ないものの正体

ここで、もし、終身雇用を維持したまま、残業時間の総量規制を一律に行ったらどうなるでしょうか?

終身雇用を前提とする限り、立ちどころに労働供給がひっ迫し、労働力の需給バランスが一気に崩壊するでしょう。

では、逆に、終身雇用を維持したまま、残業時間の総量規制を全く行わなかったらどうなるでしょうか?

この場合、今まで通り、繁忙期において急激に増大した業務量を内部労働市場のみに頼らざるを得ず、正規従業員一人ひとりに過剰な負担がかかります。

したがって、過労死の危険性も伴います。

すなわち、残業時間の総量規制と水と油なのは、高プロではなく終身雇用という雇用慣行なのです。

まとめ

現行の事実上青天井の特別延長時間は、長時間労働を誘発し、ひいては過労死の危険性も伴うため、残業時間の総量規制に反対する人はおそらくそう多くはいないでしょう。

筆者も、残業時間の総量規制は必要であると考えます。

また、連合が提案した月100時間未満という数値目標では不十分と考え、もっと規制を加えるべきと考えます。

しかし、どのマスコミも、その実効性を難しくしている終身雇用という雇用慣行については言及することがありません。

上記みてきたように、日本型雇用慣行における雇用調整の構造を分析すれば、終身雇用が長時間労働を誘発していることは明らかです。

終身雇用を前提とする正規従業員が、それを前提としない非正規雇用労働者に比べ、はるかに過労死に至る危険性が高いというデータもこれを如実に示しています。

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一方、高度プロフェッショナル制とは、一言で言うと、生産性以上に賃金が過払いの状態になっている高給取りに、自身の生産性相応分の給料を受け取ってもらうという制度です。

すなわち、高度プロフェッショナル制度は、時間ではなく成果に応じた報酬体系に改めようとするもので、残業時間とは何ら関係ありません。

では、マスコミの多くが残業時間の総量規制において終身雇用の問題について何ら言及せず、敢えて高プロだけをやり玉に挙げようとしているのは何故でしょうか?

結局、生産性以上の高給が保障され、定年まで何とか逃げ切り、後は野となれ山となれというスタンスで、記事を選択し、社説の方向性を決めているのでしょうか。