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解雇の金銭解決制度に反対するほど若年労働者が苦境に立たされる

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はじめに

toyokeizai.net

 上記は、筆者の意見とほとんど同じです。上記には、「大企業の正社員とりわけ実力に見合わない高給取りにとって(解雇の金銭解決制度の導入が)不利」とありましたが、実は、これにはある深い事実が背景にあります。それは、年功序列賃金制と言う歪んだ賃金制度です。低成長・少子高齢化の現代とは全く逆の社会情勢にあった高度経済成長期に設計された制度がいつまでも続くとも限りません。このまま少子高齢化が進展すれば、年功序列賃金制も維持できなくなり、いずれ破綻すると筆者は考えます。今回は、この点について深く掘り下げます。

解雇の金銭解決制度について

 現在、日本の法体系では、解雇の金銭解決(金銭解雇)は認められていません。金銭解雇が法制化されなければ、パフォーマンスの低い労働者がいつまでも企業に滞留し続けることになり、企業の経営状態を悪化させます。したがって、解雇の金銭解決の導入によって不利となるのは、年功序列賃金制によって現在手厚い保護を受けている中高年労働者です。一方、若年労働者は、解雇の金銭解決制度の導入によって福音がもたらされます。なぜなら、同制度の導入によって、速やかに年功序列賃金制が崩壊するからです。以下、もう少し詳しく説明します。

賃金カーブと生産性カーブ

 賃金カーブとは、労働者の年齢を横軸にして、賃金を描いた曲線です。これに対し、生産性カーブとは、労働者の年齢を横軸にして、労働生産性を描いた曲線です。では、年功序列賃金の下で、両者の関係はどのようになっているでしょうか。

 下の図は、日本銀行が、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」と経済産業省「企業活動基本調査」から、実証分析をおこない、両者の関係をグラフ化したものです。ここでは、製造業を例に比較を行います。(非製造業でも同じプロファイルを示しますが、製造業の方が両者の乖離がより顕著になっています。)

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 (出所:日本銀行調査統計局 2014年12月)

 左の図から明らかなように、年齢が若くなるに従い、生産性カーブが賃金カーブを上回る度合いが顕著になります。逆に、年齢が高くなるに従い、賃金カーブが生産性カーブを上回る度合いが顕著になります。

 右の図は、両者の乖離の度合いを棒グラフで示したものです。20代の若者は、本来受け取るべき額より、10%程度低く賃金が設定されていることがわかります。逆に、55歳以上の労働者は、本来受け取るべき額より20%程度高く賃金が設定されていることがわかります。だいたい40歳くらいの年齢では、両者が拮抗し、損益分岐点に到達していることがわかります。

積立方式と賦課方式

 ところで、皆さんは、積立方式賦課方式という言葉はご存知でしょうか。

積立方式とは

 積立方式とは、自分が将来受け取るべき分を積み立てておくことを意味します。貯金と同じイメージです。例えば上の図で言えば、棒グラフの下側の部分を、将来に備えて積み立てておくことを意味します。年齢が損益分岐点に到達した後、若い頃に積み立てておいた分を徐々に引き出すことになります。積立方式であれば、自分自身の将来に備えて自分が蓄えているに過ぎないので、途中で解約すれば積み立てた分は返還されます。

賦課方式とは

 一方、賦課方式とは、そのときに必要な財源を、そのときに支払うべき人から徴収する方式を意味します。典型例として、公的年金制度があります。

 皆さんは、年功序列賃金は積立方式と賦課方式のどちらだと思いますか?

 年功序列賃金は、賦課方式です。

 すなわち、現在の中高年労働者が生産性を上回る賃金を受け取ることができるのは、現在の若年労働者が生産性を下回る賃金しか受け取っていないからです。言い換えると、現在の中高年労働者が受け取っている高額の給料は、現在の若年労働者の給料を低く抑えることによって成り立っているのです。

国民年金について

 我が国の公的年金制度には、20歳以上60歳未満の全ての国民が加入する国民年金制度、サラリーマン・OL等が加入する厚生年金制度、公務員等が加入する共済年金制度の3種類があります。みなさんは、20歳以上になると、国民年金保険料を徴収されていると思います。国民年金に保険料という言葉がついている理由は、国民年金において、ある保険事故を想定しているからです。

 では、健康保険を例に保険事故とは何を意味するのかについて考えます。みなさんは、何らかの健康保険に加入していると思います。病気や怪我になれば、病院に行きます。病院でかかった医療費のうち自己負担額を差し引いた分について、健康保険から保険給付が行われます。このときの、病気や怪我のことを保険事故といいます。

 国民年金における保険事故とは、年をとることそのものすなわち老齢を意味します。国民年金制度では、一定の要件を満たし65歳に到達したら、老齢基礎年金として支給が開始されます。逆に言うと、65歳に到達しなければもらえないということです。

 しかし、公的年金制度は世代間扶養の方式を採っているため、年齢構成バランスが崩れると、破綻の方向に向かいます。国民年金が創設されたのは、昭和36年4月1日ですが、現在の国民年金の制度が出来上がったのは、昭和61年4月1日です。日本の人口構成において大きな比率を占める団塊世代は、その当時はまだ現役で、現在と比較してお年寄りの比率もそう高くはありませんでした。

 現在は、少子高齢化が進展し、現役世代の増大が見込めない一方、団塊世代が全て65歳以上に到達し年金受給世代となっています。したがって、公的年金制度の存続が危ぶまれている事態になっているのです。

 それでもなお制度を存続させようとするのであれば、

  1. 現役世代の負担を重くする(つまり、年金保険料を高くする)
  2. 支給開始年齢を遅らせる(例:70歳~など)
  3. 支給水準を低下させる(もらえる年金額を減らす)

しかありません。

年功序列賃金制は公的年金制度とそっくりな制度

 ここまで来ると、年功序列賃金が年金とそっくりな制度であることが分かると思います。では、年功序列賃金における保険事故とは何を意味するのでしょうか?

 それは、加齢による労働生産性の低下です。

 先ほどの日銀レポートのグラフからも明らかなように、人間の労働生産性は、ある程度の年齢で頭打ちになり、その後徐々に低下していきます。そこで、年功序列賃金制では、若い労働者の高労働生産性と低賃金との差分を所得移転させ、中高年労働者の高額な賃金の原資としているのです。これこそが、年功序列賃金制の本質です。

 しかし、これからは、少子化の進展によって、生産年齢人口比率がどんどん低下していきます。そうすれば、会社における若者の年齢構成比率もどんどん低下していきます。年金制度との類似性を鑑みれば、これからは、年功序列賃金制が破綻に向かっていくことは明らかです。そのため、年金制度との対比で言えば、年功序列賃金制を何とか維持するには次の3つの方法しかありません。

  1. 若年労働者の賃金をさらに抑制する。
  2. 賃金カーブの傾きを小さくし、損益分岐点に到達する年齢(現在は40歳周辺)をさらに遅らせる(例えば50歳くらい)。
  3. 中高年になってから回収すべき賃金を抑制する。(例えば上の図で生産性より20%程度過大に支払われている賃金を10%程度にまで抑制するなど)

年功序列賃金制は世代間格差の典型例

 次に、団塊世代が現役のころ、どれだけの中高年が当時会社に存在していたかを考えます。例えば、1947年生まれの団塊世代と彼らが大学を卒業した1969年に50歳であった人(1919年生まれ)との出生数を比べてみます。総務省統計局の資料によると、

  • 1919年生まれ:178万人
  • 1947年生まれ:268万人

となっています。したがって、団塊世代が新入社員の頃(22歳)は1人当たり1人未満(上の例では0.66人)の中高年社員を支えていたとおおよそ見積もられます。

 現在はどうでしょうか?

 例えば、今年入社した新入社員の年齢を1995年生まれとして、現在50歳(1967年生まれのバブル世代)の人と出生数を比べてみます。総務省統計局の資料によると、

  • 1967年生まれ:194万人
  • 1995年生まれ:119万人

となっています。したがって、新入社員1人当たり1人超(上の例では1.63人)の中高年社員を今後支えていかなければならないと見積もられます。少子化の進展によって、この傾向にどんどん拍車がかかっていくことは明らかです。

中堅・中小企業では転職による経済的損失はほとんどない

 これまで製造業の大企業の賃金・生産性カーブを見てきましたが、製造業の中堅・中小企業はどうでしょうか。下の図は、製造業の中堅・中小企業の賃金・生産性カーブです 

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 (出所:日本銀行調査統計局 2014年12月)

 このように、中堅・中小企業では賃金カーブと生産性カーブとがほぼ一致しており、ほとんど乖離が見られません。したがって、中堅・中小企業の労働者は、自身の生産性に応じて賃金が支払われているので、若者も中高年も解雇の金銭解決制度の導入によって困ることはありません。

 中堅・中小企業において比較的雇用が流動的なのは、年功序列の度合いが大企業と比べて小さく、転職による経済的損失が少ない事にも起因しています。逆に言うと、解雇の金銭解決制度によって雇用を流動化すれば、定年まで同じ会社に居続けるインセンティブが消滅し、上記のように生産性に呼応した賃金カーブが形成されていくことを意味しています。

年功序列・終身雇用が安全安心だとする喧伝に気をつけよ

 よく、採用活動解禁の際、大手メディアの報道において「今年の就活生は保守化しており…」とか「今年の就活生がもっとも重視する事項は終身雇用…」などと、旧来の日本型雇用をあたかも是とするかのごとく喧伝がなされます。

 ここで再度、製造大企業における右側の棒グラフに着目してください。若者が入社しなくなって困るのは誰でしょうか?それは、棒グラフが上に突き出た年齢ゾーンに位置する中高年正社員です。この超過部分を失いたくないからマスコミは若者をそちら(終身雇用・年功序列を維持している企業)に誘導しているのです。これは、マスコミの多くが年功序列賃金制を採用しており、報道内容の編集権を握っているのが中高年正社員であることとも深い関りがあります。したがって、(年功序列・終身雇用が安全安心だという)実証性に乏しい喧伝を鵜呑みにしてはならないのです。 

まとめ

 今回、日本銀行のレポートに基づき、年功序列賃金制の賃金構造に着目することで、同制度が、現在の中高年には有利に作用するが、現在の若手には不利に作用することを示しました。また、企業の年齢構成の高齢化が若手にとってさらに不利に作用することも示しました。マスコミの喧伝を鵜呑みにし、終身雇用・年功序列賃金制を岩盤とする企業に労働参加することは、まさに飛んで火にいる夏の虫なのです。