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働き方改革:安倍首相が講演で昭和のモーレツ社員を否定

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はじめに

 安倍首相が24日、神戸市内のホテルで開かれた神戸「正論」懇話会で講演しました。安倍首相は、以前神戸製鋼所に勤務していたことがあり、神戸を第二の故郷と評しています。「正論」懇話会は、産経新聞社が運営を全面的にサポートしています。したがって、講演の内容や模様については、産経新聞が大々的に報じています。産経新聞は、講演内容の詳細を第1報から第8報までの8回に分けて報じています。今回は、筆者が最も注目した、第6報目の「働き方改革は企業の人材戦略、成長戦略の中核」から、安倍首相の発言を検証したいと思います。 

www.sankei.com

安倍首相の発言について

 以下、安倍首相の発言を一つ一つ検証していきます。下記引用部分は、安倍首相の発言です。

労働生産性について

 この4年間で大企業では労働生産性が1割以上向上した一方で、中小企業では伸び悩みがみられます。

 2016年のデータが無いのであくまで参考ですが、日本生産性本部の資料によると、2011年度(年度ベース)の日本の労働生産性は748万円、2015年の日本の労働生産性は783万円でした。4年間で5%程度労働生産性が上昇しています。大企業が1割以上、全体平均が5%程度、労働生産性の向上が見られたということは、中小企業の労働生産性の伸び悩みが見られるということでしょうか。

機械化について

 生産性向上の正否は、中小企業の設備投資をどれだけ伸ばすかにかかっています。

 筆者もそう思います。生産性を向上させるためには2つの道があります。労働生産性の向上と機械化です。機械化を実現するためには、設備投資が欠かせません。

同一労働・同一賃金について

 安倍首相は、伊勢に行ったとき話をした女性の例を挙げて次のように述べています。

 ある女性は最初、印刷会社に正社員として就職しましたが、長時間労働の職場だったため、退職する道を選びました。その後、パートを始めます。

 資格取得を会社がサポートしてくれて、次第にやりがいを感じるようになったと言います。“短時間正社員”制度が導入され、基本給などで社員と同じ待遇になりました。 

 「短時間正社員」という聴き慣れない言葉が出てきました。因みに法律的には、「正社員」の定義はどこにもありません。一方、パートタイマーについては、「短時間労働者」という法律的な定義が存在します(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律2条)。「短時間正社員」ということは、短時間労働者でありながら正社員ということです。

 そもそも、日本社会において、「正社員」か否かを決定付けているのは、連合系の労働組合員かどうかです。「短時間正社員」は、期間の定めのない雇用、かつ、直接雇用という点においてはフルタイムの正社員と何ら変わりはありません。ただし、所定労働時間がフルタイムの正社員に比して短いので、同じ正社員でも「短時間」という表現を付して明確に区別しています。つまり、組合員の働き方が多様化しただけです。これは、組織対象をフルタイムの正社員に限定していたものを、新たな限定正社員区分の設定に組合が合意しただけの話です。したがって、短時間労働者の圧倒的大多数を占める非正規労働者と同一労働・同一賃金が実現された話ではありません。 

労働生産性について

 OECD諸国を調べると年間の総労働時間が2000時間から1400時間に減ると、生産性がほぼ2倍に上がるという調査もありました。

 これは、真実です。筆者も以前この点について言及したことがありました。

www.mesoscopical.com

 証拠となるグラフを再掲します。

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 (出所:小野浩(2016)『日本労働研究雑誌』No.677, 17.)

 生産性の向上のためには、機械化の他に労働生産性の向上が欠かせません。そして、労働生産性の向上のためには、労働時間を短くすることが必要なのです。

画一的労働ついて

 画一的労働、大量生産の時代は過ぎ去りました。誰がやっても結果が同じになる仕事は早晩、機械やロボットに置き換わる。

 筆者もそう思います。画一的労働、大量生産の時代とは、高度経済成長期のことを言っています。したがって、高度経済成長期に最適化された働き方の象徴である日本型雇用は早晩変えていかなければならないでしょう。そうでなければ、AIか新興国の安い労働力に負けてしまいます。

モーレツ社員について

 昭和のモーレツ社員の時代、確かに私にも郷愁があります。でもこれは変わらなければなりません。

 筆者も全く同感です。安倍首相が神戸製鋼所の社員だったころはモーレツ社員だったのでしょうか。先ほど述べた日本型雇用の根幹をなすものに、

  1. 終身雇用
  2. 年功序列賃金
  3. 企業別組合

があります。これらは、経済が高度に成長し、生産年齢人口比率も増加傾向でなければ成立しません。昭和のモーレツ社員は、そのような時代背景においてたまたま企業に在籍していた言わば化石のような人たちなのです。

多様性のある社会の実現について

 みんな違ってみんな良い。ひとりひとり、それぞれの持ち味が生かされることで社会全体が盛り上がっていく。

 女性も男性もお年寄りも若者も、障害や難病のある方も、一度失敗を経験した人も、誰もがそれぞれの経験や能力を思う存分発揮できる、1億総活躍の社会を作り上げれば、日本はまだまだ成長できるはずです。

 ここで発言している内容は全て正しいと思います。20世紀は規格化された工業製品を大量生産するという最適工業社会を達成しました。一方、21世紀は多様性が求められる時代だと筆者は考えます。

 近年、パワハラや職場いじめが増加傾向にあります。そもそもパワハラというのは、職場に同調圧力を求め、そこから少しでも逸脱した人間を強引に引き戻すか、徹底的に排除するかという2種類の力学が作用して発生する現象です。パワハラは、20世紀型規格大量生産において最適化された画一的労務管理よって引き起こされる負の遺産です。一人ひとり違うのが当たり前という理念が根底に無いとパワハラは無くなりません。日本型雇用に代表されるような画一的労務管理を改めた上、個の多様性を認め、あらゆる人の能力を結集していかないと、日本社会は立ち行かなくなるでしょう。

まとめ

 以上、安倍首相の講演内容に基づいて、日本の雇用労働について考えました。同一労働・同一賃金について述べた部分を除けば、安倍首相はおおむね「正論」を述べていると思います。

 電通事件が端緒となり、国民の長時間労働への問題意識が醸成され、また、時短に向けてさまざまな取り組み事例や技術開発が多数報告されています。筆者は、これらをとても良い傾向と考えますが、まだまだ、日本の働き方の制度体系が根本的に変わったわけではありません。働き方改革が日本社会に真に定着するまでは、まだまだ多くの課題が残されたままと言えるでしょう。