Mesoscopic Systems

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働き方改革:業務用PC強制シャットダウンでサビ残とダラダラ残業防止

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はじめに

 2017年6月8日の日本経済新聞に次のような記事が載っていました。

www.nikkei.com

「残業申請をしていない社員のパソコンを強制終了させる」というシステムに関する記事です。

これは、富士通エフサスが開発した、「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」のことを言っています。

筆者は、このシステムは有効に機能するのではないかと考えています。

下記、この点について考えてみたいと思います。

政府の働き方改革を受けて様々な情報技術サービスが生まれている

長時間残業の抑止に関しては、富士通エフサスの残業抑止システムの他にもいろいろな情報技術サービスが登場しています。

その中の代表的な物に、日本リーガルネットワークが開発した、「残業証拠レコーダー」(残レコ)というものがあります。

これは、スマホのGPS機能を用いて現在位置を特定し、勤務地の滞在時間を計測・記録するアプリで、無料で利用することができます。

Android版・iOS版双方がリリースされています。

言わば、現在位置特定機能と給与(残業代)計算機能が合わさったようなアプリです。

このアプリの最大の弱点は、空間分解能が低すぎるという点です。

自社ビルであれば話は別ですが、3次元的にオフィスが密集する都会では、自分のオフィスにいたことを特定するのが難しくなります。

例えば、自社ビルでない超高層ビルや雑居ビルにオフィスがある場合などは、位置情報のパラメータが緯度・経度のみでは自分のオフィスにいたことの証にはなりません。

もう一つのパラメータすなわち高度の情報が必要となるからです。

しかしながら、現在の技術では、GPSによってビル一階分未満に相当する分解能で高度を特定することはできません。

一方で、地方の小規模工場など3次元的にオフィスがあまり密集していない場合は、事業所にいたことを立証するのに有効なシステムだと言えるでしょう。

では、労働基準法上の労働時間との関係はどうでしょうか?

実のところ、労働基準法上の労働時間は、オフィスにいた時間と一対一の対応関係にはありません。

労働時間に該当するか否かは、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかどうかによって判断されます。(三菱重工業長崎造船所事件 最一小決 平12.3.9)

したがって、GPS情報から推定されるオフィス滞在時間のみでは、労働時間と評価することはできません。

アプリの位置情報から推定されたオフィス滞在時間の他に、当該時間において使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できる確たる証拠が別途必要となるでしょう。

なお、業務用PCを使用者から支給されている方は、起動・終了時刻などのイベントログを保存しておいたほうがよいと思います。

詳細については下記を参照ください。 

www.mesoscopical.com

富士通エフサスの「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」について

次に、富士通のシステムについて説明します。

このシステムの最大の特徴は、私物ではなく業務用PCで操作を行う点にあります。

したがって、従業員IDに紐づけされたPCが立ち上がっていた時間は使用者からの指揮命令下にあったと解され、労働時間と評価することができます

このシステムにおいては、所定労働時間で仕事を終わらせることが原則となっています。

したがって、システム上は使用者の方から残業命令を発令するような仕様になっていません。

下の図は、「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」のPC利用制限のイメージ図です。

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参照元:株式会社富士通エフサス ホームページ

終業時刻が近づくと青い枠のポップアップがPC画面上に現れます。

残業が必要な場合は左下の黄色いボタンをクリックすれば、残業申請画面が表示されるようになっています。

残業申請すれば、PCの強制シャットダウンが解除され、残業ができるようになります。

事前に申請した残業時間を超えるとPC利用に次のいずれかの制限がかかるような仕組みになっています。

  1. 5~数分おきに警告メッセージが表示される
  2. 強制ログオフ
  3. 強制シャットダウン

1~3のどれにするかは設定によって変更可能なようです。

「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」を法律的に考えてみる

長期間労働の撲滅という観点から考える

以前次のような記事を書いたことがあります。 

www.mesoscopical.com

この記事で、残業については次の3通りがあると説明しました。

  1. 使用者からの明示的な残業命令がある場合
  2. 使用者からの明示的な残業禁止命令がある場合
  3. 明示的な残業命令も残業禁止命令もない場合

「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」は、申請時間外の事業所からの退出を促しているので、2の明示的な残業禁止命令が発令されている場合に相当します。

そして、定時に仕事を終わらせることができる業務量でなければ、使用者に残業申請をすることによって、残業禁止命令を解除するという形式を取っています。

 しかし、このシステムは、設定によっては再度延長申請ができるようになっています。

筆者はここにこのシステムの問題点があると考えています。

何度も延長申請ができるような仕様になっていれば、結局のところ、使用者による残業禁止命令が形骸化する恐れがあるからです。

筆者は、よほどのことがない限り再度の延長申請はできないような仕様にすべきと考えます。

また、ホームページ上では「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」に関し、36協定についての言及がなされていませんでした。

そもそも36協定が労使で締結されていない事業所では残業自体不可です。

したがって、36協定が確認できない事業所に当該システムを導入する際は、一切の延長申請ができないようシステムにロックをかけるべきでしょう。

そして、36協定が締結され行政官庁に届け出たことが確認されれば、ロックを解除すべきでしょう。

また、36協定の届け出がなされていても、36協定の延長時間を超える時間外労働は違法な長時間労働になります。

したがって、従業員に適用される36協定の延長時間をあらかじめ個別にインプットしておき、時間外労働が当該延長時間を超えた瞬間に、一切の延長申請ができないようシステムにロックをかけるべきです。

このようにすることで、少なくともVDT作業を主体とする事業所においては、労働基準法32条違反の長時間労働は撲滅されることでしょう。

システムを導入する側にとっても、監督署からの定期監督によって、労働基準法32条違反の是正勧告を受け企業イメージが損なわれることもなくなります。

サービス残業の撲滅という観点から考える 

次に、「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」がサービス残業の防止につながるかどうかという観点から考えてみましょう。

 これまで、本サイトでは、違法なサービス残業の事例をいくつか紹介しました。

www.mesoscopical.com

www.mesoscopical.com 

www.mesoscopical.com 

  • 従業員にタイムカードの一斉定時打刻を促し、残業時間の過少申告を強制していたもの(トヨタカローラ北越)
  • 残業申請に用いていた伝票を間引きし、残業代を過少に計上していたもの(あきた湖東 農業協同組合)
  • 使用者が勝手に勤務時間を短く改ざんした裏タイムカードを作成していたもの(ヤマト運輸 西宮柳本センター)

ブラック企業の手口はいろいろです。

「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」では、勤怠管理とPCログイン・PCシャットダウンが連動する仕様になっており、従業員による労働時間の過少申告ができないようになっています。

このように、勤怠管理使用者の指揮命令下にあったと解されるPC起動時間とが連動しているため、サービス残業の観念を容れる余地がありません。

この点がもっとも重要なのです。

なお、これとは別に、給与明細等で当該勤怠管理システムから算出された残業時間に相当する残業手当がちゃんと支払われているかどうかを確認する必要があることは言うまでもありません。

「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」を労働生産性の観点から眺めてみる

当該システムを労働生産性の観点から考えてみましょう。

労働生産性を低下させている最大の要因は、ダラダラ残業です。

 先ほど、残業には上記1~3の3通りがあると言いました。

このうち、ダラダラ残業が発生する可能性が最も高いのは、3の明示的な残業命令も残業禁止命令もない場合です。

この場合、

  1. 労働者が時間外労働をしていることにつき使用者が認識しており、
  2. 時間外労働を放置し、それを中止する措置を講じていなければ、

黙示の残業命令があったものと認定されます。

すなわち、時間外労働を認識しながら放置し、それを中止する措置を講じないから、ダラダラ残業が生じやすいのです。

「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」は、この点において発想が逆転しています。

基本的に残業は禁止であり、定時で終わらないときのみ申請によって残業禁止が解除されるようになっています。

上司による残業の承認が形骸化しない限り、ダラダラ残業の抑制には大きな効果が期待できるでしょう。

このシステムの機能を最大限に活かすためにもう一つ重要なことがあります。

それは、上司もダラダラと残業しないということです。

上司も、自分の仕事をさっと切り上げて帰途につけば、部下は再度の延長申請ができなくなってしまいます。

そして、最初に延長申請した時間を過ぎれば、自動的に端末が強制終了することになり、仕事ができなくなってしまいます。

部下は、この事態を回避するために、最初に申請した時間までに何とか仕事を終わらせるように努力するでしょう。

こうすることで、間違いなく労働生産性は上がります。

したがって、上司から残業申請の承認が得られなければ、端末強制終了が解除できないような仕組みも盛り込むべきと考えます。

(すでにそういう仕様になっていたら話は別です。)

まとめ

働き方改革を受けて、長時間労働抑制のために様々な情報技術サービス生まれていることは、大変良い傾向だと思います。

最初に紹介した「残業証拠レコーダー」は、これだけをもって労働時間認定の確たる証拠に繋がるとは思えませんが、有力な傍証の一つになるでしょう。

しかし、筆者は、このようなアプリを必要としなくなるような社会が到来することを願っています。

そもそも、賃金不払い残業をさせられているとわかっているのなら、今後一切残業をする必要はありません。

もちろん、過去に遡る分については、監督署や裁判所に訴え出て取り戻すべきでしょう。

しかし、残業代が支払われないことをわかっていて、あとから取り戻すことを念頭に証拠集めに腐心するくらいだったら、違法残業にこれ以上忍従せずに定時に帰ればよいのです。

この方がよほど建設的な考え方であり、労働生産性の向上にもつなげることができるでしょう。

一方、「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」についてはどうでしょうか?

このシステムは、そもそも、使用者による残業禁止命令を基本としたものです。

勤怠管理がPCの起動イベントと連動しており、自ら申請しない限り残業を行うことができません。

したがって、サービス残業に至る余地がありません。

これからの世の中、サービス残業をした分をいかに取り戻すかという考え方より、サービス残業はそもそもおこなわないという考え方が主流になっていくでしょう。

残業をしないことでどれだけ仕事が蓄積しようと関係ありません。

使用者によって発令される違法な残業命令を、労働者は拒否することができるからです。

また、労働生産性の向上という観点からは、これからの世の中、残業禁止命令の発令をデフォルトとする考え方が主流になっていくでしょう。

そもそも36協定の効力とは、本来は労働基準法32条の規定によって禁止されている時間外労働の免罰的効力を意味します。

 

したがって、残業禁止命令をデフォルトとしたほうが、労働基準法36条の趣旨に合致しているのです。