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「有給休暇は1年目から取るものじゃない」は労働基準法違反

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はじめに

 「『休めないなら辞めます』イマドキ20代が余暇を優先する理由」

dot.asahi.com

 酷い記事ですね。コメント欄が盛況なのも頷けます。週刊朝日の記事は、煽りを意図したものでしょうか。このようなフェイク記事を乱発しなければならないほど、出版業界は実入りが悪いのでしょうか。公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所は、日本の出版販売額の推移を公表しています(出所:日本の出版統計|全国出版協会・出版科学研究所)。書籍・月刊誌・週刊誌ともに、90年代中頃をピークに、以降右肩下がりの傾向を示しています。特に週刊誌は、販売額がピーク時の半分以下にまで落ち込んでいます。原因は、インターネットの普及が挙げられます。

 1995年、Windows95が発売され、インターネットが爆発的に普及しました。以降、出版業界は凋落の一途を辿っています。さらに、2008年、ソフトバンクモバイルがiPhone3Gを発売し、以降、日本ではスマートフォン市場が拡大していきました。これにより、電車の中など場所に拘わらず迅速に情報を得ることができるようになり、週刊誌の必要性がどんどん薄れていきました。

 出版科学研究所は、最近の週刊誌の販売額の低迷について、「総合週刊誌ではスキャンダルやシニア向けの性特集で売れ行きを伸ばす号はあるが全体では伸び悩んだ。」と分析しています。なるほど、週刊誌のターゲット層は、インターネットを使いこなせない情報弱者に限定されてしまったのですね。「『売れないから煽ります』イマドキ週刊誌がフェイク記事を優先する理由」はここにあったわけです。

週刊朝日の記事を批判する人は他にもいた

 さて、本題の週刊朝日のフェイク記事に戻ります。キャリアコンサルタントの後藤和也さんという方が、同記事に対する批判記事を書いています。

blogos.com

 筆者も、この方の意見におおむね賛同します。では、週刊朝日の記事を一つ一つ検証していきます。

「みんなの就職活動日記」は「みんなのための就職活動日記」になっていない

 まず、「みんなの就職活動日記」運営担当の方のコメントがいただけないですね。

ワーク・ライフ・バランスの重視とあわせ、上昇志向の薄れという特徴☞✖

ワーク・ライフ・バランスの重視とあわせ、上昇志向の現れという特徴☞〇

 です。ワーク・ライフ・バランスの重視を上昇志向の薄れと考える人たちは、上昇志向の意味そのものをはき違えています。かつてのように諸外国に比べ日本人の人件費が安く無尽蔵の労働投入によって企業が成長できた時代は終わりました。したがって、長時間労働と上昇志向とは直結しません。むしろ、ワーク・ライフ・バランスを重視し、かつ労働生産性を高めることこそが、上昇志向の現れと言うことができます。

 カルビーの松本会長は、「ワーク・ライフ・バランスを軽視し、ダラダラ残業している人こそが、上昇志向の薄れという特徴を持っている」という趣旨の発言をしています。 

www.mesoscopical.com 

悪びれるべき」はどちらなのか

 採用担当歴6年という男性社員のコメントもいただけないですね。特に、「どれだけ休めるか」と質問した学生に対して、「全く悪びれずに尋ねる様子を目の当たりにすると…」という表現を用いていることは明らかに間違っています。なぜなら、「労働者の募集を行う者は、労働時間・休日その他労働条件を明示しなければならない(職業安定法5条の3第1項)」からです。求職者から休日についての質問を受けている時点で会社側の説明が不足していることの証です。職業安定法上、休日については求人者が積極的に求職者に対し明示すべきことなのです。したがって、就活生はそのような質問をする際、悪びれる必要など全くありません。むしろ、法所定の明示事項の説明が不足した故に、求職者からそのような質問を受けた求人者こそ悪びれる必要があるのです。

有給休暇は1年目から取るものじゃない」は労働基準法違反

 週刊朝日の記事の、年次有給休暇に関する記述は特に注意が必要です。そこで、年次有給休暇の権利発生要件について説明します。

年次有給休暇の権利が発生する法定要件

労働基準法39条第1項

使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。

 全労働日とは、労働義務が課せられている日を意味します。簡単に言うと、総歴日数から休日を除いた日のことです。ただし、休日労働をした日は、全労働日に含まれないので注意が必要です。

 例えば、4月1日に入社し、以降6か月間継続勤務したとします。この間の全労働日を仮に120日とします。この間に、96日以上出勤した労働者に対して、10月1日から10日間の年次有給休暇が付与されることになります。

 ただし、次の期間は、例え休業していたとしても、全労働日の8割以上出勤の算定において、出勤していたものとみなされます。

  1. 業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間
  2. 育児介護休業法の規定により育児休業又は介護休業をした期間
  3. 産前産後の女性が法65条の規定によって休業した期間

 以上のように、年次有給休暇は、6か月間継続勤務後、法定要件を満たせば、法律上当然に発生する権利であり、「有給休暇は、1年目から取るものじゃない」という表現は間違いです。4月1日入社であれば、「有給休暇は10月1日から取るもの」が正解なのです。

 ただし、労働基準法で定められた労働条件は最低のものです。労働協約や就業規則その他これに準ずるものの取り決めによって、これより良い条件で有給休暇を使用者が付与することは構わないとされています。例えば、就業規則などで、「年次有給休暇は入社日に10日間付与する」という文言が書かれていれば、いきなり年休を取得することもできます。この辺りは、会社によって異なるので、就業規則等を確認する必要があるでしょう。

年次有給休暇の時季について

 週刊朝日の記事の中に、次のような記述があるのがわかります。

 せっかく与えられた初めての有給休暇なのに、休みたいときに休めないんなら、辞めます。

 これをどう考えたらよいでしょうか。次の条文をご覧ください。

労働基準法39条第5項

使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。

 このように、労働者は有給休暇を取得する時季を指定できます。したがって、有給休暇の取得に関し、使用者の「承認」の観念を容れる余地はありません。また、有給休暇の「利用目的」は労働基準法の関知するところではなく、休暇をどのように利用するかは労働者の自由です。したがって、使用者が「利用目的」を質問しても、答える義務はありません。

 ただし、有給休暇の時季指定については次のような例外もあります。

  1. 事業の正常な運営を妨げる場合
  2. 労使協定により計画的付与がなされている場合

 2の計画的付与とは、労使協定によって、あらかじめ有給休暇を与える時季を定めておくことをいいます。ただし、2の場合においても、個人的事由による取得のために5日は留保されています。したがって、有給休暇の全ての日数が計画的付与に回されるわけではないので注意が必要です。

年次有給休暇の時季変更権について

 ここで、再び週刊朝日の記事に戻ります。週刊朝日の記事の記述が曖昧なので、この労働者に有給休暇の権利が発生しているのかどうかわかりませんが、仮に発生していたとします。一度申請を突き返したということは、使用者による時季変更権を行使したことになります。時季変更権が許されるのは、「事業の正常な運営を妨げる場合」のみになります。どのような場合が事業の正常な運営を妨げる場合に該当するかについては、労働基準法において具体的な定めは無く、過去の裁判例に頼るよりほかありません。

 下記に、年次有給休暇の時季変更権について最高裁が示した判断を列挙します。

弘前電報電話局事件 最二小判昭62.7.10

 勤務割を変更して代わりの者を配置するのが可能であるにもかかわらず、年休の利用目的によって年休を取得させるための配慮をせずに時季変更することは、利用目的を考慮して年休を与えないのと同じであって認められない。(年休の利用目的を使用者が干渉した場合)

  •  年休の利用目的を使用者が干渉した場合⇒時季変更権を行使できない

新潟鉄道郵便局事件 最二小判昭60.3.11

 事業の正常な運営を妨げる場合とは、労働者が年休を取得しようとする日の仕事が、担当業務や所属部・課・係など一定範囲の業務運営に不可欠で、代替者を確保することが困難な状態を指す。(代替者を確保することが困難な場合)

  •  代替者を確保することが困難な場合⇒時季変更権を行使できる

電電公社此花電報電話局事件 最一小判昭57.3.18

 結果的に事業の正常な運営が確保されても、業務運営の定員が決められていることなどから、事前の判断で事業の正常な運営が妨げられると考えられる場合、会社は年休取得時季を変更できる。(業務運営の定員が決められている場合)

  •  業務運営の定員が決められている場合⇒時季変更権を行使できる

 業務運営に定員が定めれている場合でもない限り、新入社員の年休取得が代替者の確保の難易に影響するべくもなく、事業の正常な運営を妨げると考えるには無理があるでしょう。

 また、下級審では次のような裁判例も存在します。

西日本ジェイアールバス事件 名古屋高金沢支判平10.3.16

 慢性的な人手不足は、事業の正常な運営を妨げる場合に当たらない。

 つまり、人手不足が年休を取らせない理由にはなりません。

「半人前」という言葉は前近代的な徒弟制度の助長につながる

 週刊朝日の記事には次のような記述も見られました。

 今の新入社員は、まだ仕事も覚えていない半人前なのに、自己主張だけは一人前(サービス業の男性(51))。

 この考え方は労働基準法の趣旨に反しています。ここで、新入社員や入社間もない若い方に、労働基準法の次のような条文を紹介しましょう。

労働基準法69条第1項

使用者は、徒弟、見習、養成工その他名称の如何を問わず、技能の習得を目的とする者であることを理由として、労働者を酷使してはならない。

 この条文は、前近代的な徒弟制度を排除するために設けられた訓示的規定です。訓示的規定とは、罰則の定めは無いが、使用者は条文の考え方に沿って行動してくださいという意味です。「半人前なのに(休みたいという)自己主張だけは一人前」という考え方は、まさしく法69条第1項に違反しています。したがって、仕事をまだ覚えていないからと言って、労働基準法で定められた権利を主張してはいけないという論理は通用しません。新入社員であれ、定年間際の社員であれ、労働基準法で定められた労働条件は技能の習熟度に関わりなく適用されるのです。「半人前なのに…」と言われることに備え、この条文は常に心に刻んでおきましょう。

労働時間を「学びの時間」にすり替えるのはやめるべし

 週刊朝日の記事には次のような記述も見られました。

 今でいう“サービス残業”も、昔は自主的な“学びの時間”で、それが会社にも認められていた(金融・53歳)。

 これも、完全に間違っていますね。今も昔もサービス残業はサービス残業です。サービス残業すなわち賃金不払い残業は労働基準法37条違反であり、同条の規定は昔から変わっていません。週刊朝日は、いまどきの20代をして「異次元の人種」と評していますが、法治国家にあって、法律も遵守せず労働時間を勝手に「学びの時間」にすり替えるがほうがよっぽど「異次元の人種」です。

 本サイトで何度も言っていますが、だらだらと残業する行為は労働生産性を低下させている主因であり、この国から一刻も早く一掃するべきでしょう。その一方で、実質的には労働時間であるにもかかわらず、自主学習・自己研鑽の名のもとに、社員をサービス残業へと誘導する行為も即刻改めるべきでしょう。

 厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」は、次の時間を労働時間として扱わなければならないと定めています。

参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

 このように、「学びの時間」であっても、使用者の指示があれば、労働時間として扱われます。反対解釈すれば、使用者からの指示がなければ帰っても良いということですので、さっさと帰りましょう。因みに、「学び」とは(どの会社に行っても通用する)普遍的な知識を身に付けることであり、わざわざ会社に居残って、その会社でしか通用しない知識を身に付けることではありません。

まとめ

 週刊朝日の記事でたった一か所だけ正しいことを述べているところがありました。それは、

 かつての働き方は、当たり前の権利がないがしろにされてきた側面もある。

という箇所です。求職者が堂々と休日について質問することも、労働者が有給休暇を取得することも、サービス残業を断ることも、当たり前の権利なのです。

 そして、斜陽産業から身を引き成長産業へと速やかに労働移動することも労働者としての当然の権利なのです。