Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

パワーハラスメントと終身雇用とは表裏一体の関係にある

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はじめに

 昨日、毎日新聞が、愛知県警によるパワハラ事案について報道しました。以下、報道をまとめます。

  • 男性巡査は2010年4月に採用され、同年10月から中署地域課に所属し交番で勤務。
  • 当時の上司からミスをすると腕立て伏せなどを命じられていた。
  • 「お前は警察に必要ない」と退職願を書くよう迫られた。
  • 自殺当日には拳銃のひもの紛失を巡り、上司から「死んでしまえ」と言われ、土下座させられて殴る蹴るなど暴行を受けた。
  • 巡査は2010年11月、名古屋市中区の中署内で、拳銃で自殺しているのが見つかった。
  • 両親は2013年8月に名古屋地裁に提訴。
  • 県は訴訟で「指導は違法なものではなく、自殺との因果関係はない」と主張していた。
  • 地裁が2017年3月に和解を勧告。
  • 県は2017年6月6日、上司によるパワハラを認め、150万円を支払い和解すると発表した。
  • (参照元:『毎日新聞』2017.06.07

腕立て伏せは筋力増強のためにする行為

 県は、パワハラ行為として、腕立て伏せを指示したり退職願を書かせたりしたことは認めています。腕立て伏せは、自らの意思で筋力の増進のためにする行為であり、仕事上のミスの制裁として課されるものではありません。また、退職願は、自らの意思で退職したい旨を願い出るための書類であり、上司が強要する書類ではありません。

ヤマト運輸のパワハラ事件との類似点 

 上司から暴力を受けたり人格否定の暴言を発せられ、従業員が自殺した事案は、ヤマト運輸でも発生しています。 

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 ヤマト運輸では、長野県内の営業所で勤務していた男性従業員が2012年秋以降、上司から暴言や暴行を頻繁に受けていました。2014年9月にうつ病を発症し、2015年1月に自殺しました。男性は、パワハラを受けていた時の様子を録音しており、数々の人格否定にもつながる暴言が録音されていました。上司に投げ飛ばされた際に首や腕にけがをしたとする診断書などと共に録音テープが証拠として長野地裁に提出されています。

相次ぐパワハラの新聞報道 

 産経新聞も次のような記事を報道しています。

www.sankei.com

  • 長野県飯島町の野村建設に勤務していた小池雄志さんは、2014年12月に国土交通省発注の事務所改築工事で現場責任者となった。
  • 上司は手伝わず、「なんでこんなのできないんだ」などと工事の遅れを非難、罵倒するだけで、連日遅くまで働かされた。
  • 雄志さんは2015年3月21日、自宅物置で首をつって死亡しているのが見つかった。
  • 自殺したのはパワハラや長時間労働が原因として、両親が2017年6月7日までに、同社に約8020万円の損害賠償を求める訴訟を長野地裁伊那支部に起こした。

 なお、雄志さんの自殺については2017年1月、伊那労働基準監督署が労災認定しています。

イビデンのパワハラとの類似点

 長野の建設会社の件に非常に類似したパワハラが過去に発生しています。電子関連機器製造のイビデンで発生したパワハラです。 

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 イビデンでは、30代男性従業員が100時間以上の時間外労働に加え、「30分立たされる」・「『何でできんのや』・『バカヤロー』と叱責される」など通常の指導の範囲を超えるイビりが上司によってなされていました。2016年1月、大垣労働基準監督署はパワハラの心理的負荷は強く男性が適応障害を発症していたとして、男性の自殺を労災と認定しました。遺族は労災認定を受け同月提訴しましたが、同年3月10日、イビデンは請求を全面的に認め、訴訟は即日終結しました。

パワーハラスメント(power harassment)は和製英語

 ハラスメント(harassment)は「嫌がらせ」・「相手を悩ませること」を意味する英語です。一方で、パワーハラスメント(power harassment)は和製英語です。英語では、Japanese workplace bullyingと訳されています。要は、パワハラは日本独特の職場環境におけるいじめのことなのです(参照元:Power harassment – Japanese workplace bullying)。

 厚生労働省は、パワーハラスメントを、

 同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為

と定義しています。欧米諸国でこんなことをやったら、即裁判に至り、加害者は多額の賠償金を支払うことになるでしょう。当事者のみならず、周りの者も就業環境の悪化に嫌気を指してどんどん辞めていくことになるでしょう。つまり、欧米諸国では成立し得ない行為であり、適切な英語が見当たらないのです。だから、英語ではパワハラをわざわざ、Japaneseという単語を付して、Japanese workplace bullyingと訳しているのです。

 Oxford dictionaryがkaroshi(過労死)を、

karoshi= (in Japan) death caused by overwork or job-related exhaustion.

と、わざわざ(in Japan)を付して説明しているのと同じ原理です。

なぜ同じことが繰り返されるのか

 そもそも、パワハラが繰り返される背景はいったいどこにあるでしょうか。 かつての日本企業は、同質性を職場の特徴としていました。しかし、近年の労働市場の変化の中で、多様性を持った集団へと変化し、職場の人間関係にも影響を与え、コミュニケーションの特性の変化へと繋がっていきました。この変化に対応しきれず、あくまでも多様性を認めようとしない年長者が、職場における優位性を背景に、同質的な職場環境へと引き戻そうとすることがパワーハラスメントの一因として存在するのです。従来の、均質的かつ一元的な労務管理から、多様性や社員の個性を重んじた労務管理へとシフトしなければ、パワーハラスメントの問題は一向に収まらないでしょう。

多様性や個性を重視する文化ではパワハラは起こりえない

 以上を鑑みると、多様性や個性を重視する文化に根差した欧米では、同質性や画一性を求める土壌がそもそも存在しません。したがって、もともとパワーハラスメントが起こり得る環境にありません。また、欧米では労働市場の流動性が高く、万が一そのようなことが起こったとしても、従業員は即座に辞めていきます。

 流動性が高いとは、長期の雇用保障がなされない代わりに新たな雇用に繋がりやすいことも同時に意味しています。したがって、精神的・身体的苦痛が多い職場環境は、自然淘汰されていくようなメカニズムになっているのです。

 一方で、日本のように長期雇用を前提とし労働市場が硬直化している場合はどのような作用が働くでしょうか。長期雇用を前提とするということは、一度入った会社をなかなか辞めにくい方向にインセンティブが働きます。会社を辞めても新たな雇用に結びつきにくいからです。

 近年の、経済情勢の不透明化・企業の組織再編などによる企業社会の大きな荒波の中で、たまたま橇(そり)の合わない上司に巡り合ったらどうなるでしょうか。なかなか辞められないことを理由に、究極までパワハラを耐えるのでしょうか。このようにして、我慢が最高潮に達し、体に変調をきたすか死を選択してしまったという形で顕在化したのが近年よく報道されるパワハラの姿なのです。報道されるまでに至らない潜在的なものも含めれば、パワハラは膨大なものに上ると推定されます。

パワハラはどういう人が引き起こすのか

 以上みてきたように、パワハラは、職場に均一性・同質性を求める者が引き起こします。高度経済成長期では、実際に職場環境が同質的であったために、パワハラは今ほどは問題になりませんでした。しかし、現在は職場環境が多様化したのにもかかわらず、それをかつてのように画一化・同質化の方向に引き戻したいとする人間がパワハラを引き起こすのです。

 現在の中高年は、かつて自分たちが若い頃、終身雇用が確約された状況の下で、安い賃金で労働投入し現在その分を回収している人たちです。彼らが若い頃は、年功序列の名のもとに、画一的な労務管理がなされていました。しかし、現代の若者にとって終身雇用は有名無実化しています。終身雇用制の崩壊が勤務態様の多様化を進め、中高年と若者との間に世代間のコミュニケーションギャップを引き起こしています。これが、パワハラという形で顕在化しているのです。

 しかし、今後、日本は経済成長が望めず生産年齢人口が減少することはもはや自然の摂理となっていきます。ますます、終身雇用は有名無実化し職場環境においても一層の変化が訪れることになるでしょう。このような状況下で、パワハラの問題を解決する処方箋はただ一つしかありません。それは、多様性を認めることです。そして多様性を認める企業社会を実現するためにはただ一つの方法しか残されていません。その方法とは、メンバーシップ型の労務管理を改めること、すなわち、雇用の流動化なのです。

本来労働者を守るべき立場の労働組合の幹部が率先してパワハラに加担した事件

 労働組合は本来、労働者の権利を擁護する組織であるはずです。しかし、労働組合の幹部が、自ら率先して労働者に執拗なパワーハラスメントを行い、PTSDを発症させ休職に追いやった事件があります。社会福祉法人看護師精神障害発症事件(名古屋地判平17.4.27)です。

事件の概要

社会福祉法人に雇用される女性看護師(原告)が労働組合を脱退して個人加盟のユニオンに加入した。

職員会議の席上、施設の所長(被告A)、副所長(被告B)、労働組合幹部(被告C、D)から、「法人の理念に批判的」と攻撃された

女性看護師は、PTSDを発症して休職を余儀なくされた。

女性看護師は提訴し、法人および被告に対し慰謝料1000万円を請求した。

判決

名古屋地裁は、「会議の進行方法は正当な言論活動の範囲を逸脱し、原告の人格権を侵害する不法行為にあたる」として、法人および被告に対し逸失利益も含め慰謝料500万円の支払いを命ずる判決を下した。

 多様性を認めない者がパワハラを引き起こした典型例です。使用者と一体化した労働組合幹部が、大勢の面前で罵倒し、労働者を休職に追いやっています。当該労働組合幹部は、労働組合としての本来の目的を忘れ、原告が同質的でないことを敵視し、徹底的に排除しようとしたわけです。

まとめ

 終身雇用を前提とし、メンバーシップ制・内部労働市場に固執している限り、同質性・画一性を求める企業社会の風潮は一向に収まらないでしょう。そして、このような閉鎖的部分社会においては、同質性から少しでも逸脱しようものなら、それを同化させようと引き戻すか徹底的に排除するかどちらかのパワーハラスメントが横行するでしょう。

 終身雇用にこだわる限り、パワーハラスメントは一向に収まりません。 パワーハラスメントと終身雇用とは表裏一体の関係にあるのです。