Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

週休3日制は社員のモチベーションアップにつながるか

f:id:mesoscopic:20170607201749j:plain

はじめに

 朝日新聞デジタルに、「佐川、週休3日ドライバー導入 賃金は週休2日と同水準」という見出しの記事が掲載されました。

 佐川急便が、ドライバーの一部に週休3日制を導入した。ヤマト運輸でも導入を検討中。労働基準法に基づく「変形労働時間制」を適用し、1日当たりの労働時間を2時間延長して平均10時間にし、賃金を週休2日の場合と同水準にした。

(参照元:『朝日新聞デジタル』)

 しかし、これは、週所定労働時間が8時間減って賃金が同じという意味ではありません。

等式「8×5=10×4=40」の意味

  • 等式の一番左の8×5は、1日の所定労働時間が8時間かつ週休2日(週所定労働日数が5日)の場合
  • 等式の真ん中の10×4は、1日の所定労働時間が10時間かつ週休3日(週所定労働日数が4日)の場合
  • 等式の一番右の40という数字は、労働基準法32条で定められた週法定労働時間

をそれぞれ意味します。後ほど説明しますが、真ん中の10×4の方式を国東時間といいます。

改めて労働基準法32条を振り返る

 次の条文をご覧ください。

労働基準法32条

使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

2 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

 このように、使用者は労働者に1日8時間・週40時間を超える労働をさせてはならないことになっています。これを超える時間を労働させるには、36協定を労使間で締結し時間外労働で対応することになります。時間外労働で対応する場合は、労働基準法37条の規定により25%増しの割増賃金を支払わなければならないことになっています。

 朝日新聞の記事によると、「1日当たりの労働時間を2時間延長して平均10時間にし、…」という文言がみられます。でも、「『1日8時間を超えて労働させてはならない』とする労働基準法32条の規定に違反しないのか」とみなさんは思われるかもしれません。しかし、1日当たりの労働時間を平均10時間にしても、労働基準法違反にはなりません。なぜなら、労働基準法には変形労働時間制というものが用意されているからです。そこで、今回は変形労働時間制について詳しく説明したいと思います。

変形労働時間制について

 通常の場合、所定労働時間は、1日8時間・週40時間という法定労働時間を超えないように定められることを要します。したがって、労働時間がこれを超える場合は36協定によって対応することになります。しかしながら、場合によっては、法定労働時間そのものを弾力的に変形してしまうことができます。これが変形労働時間制です。

 変形労働時間制には次の3種類があります。

  1. 1か月単位の変形労働時間制
  2. 1年単位の変形労働時間制
  3. 1週間単位の非定型的変形労働時間制

 基本的な考え方はほとんど同じですので、今回は1か月単位の変形労働時間制について説明します。

1か月単位の変形労働時間制

 1か月単位の変形労働時間制は、労働基準法32条の2において規定されています。

労働基準法32条の2

使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。

2 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。

 このように、1か月単位の変形労働時間制を採用するためには、労使協定又は就業規則その他これに準ずるものにより、定めをする必要があります。労使協定による場合は、所轄労働基準監督署長に届け出なければなりません。

 具体的に定める事項は次の通りです

  1. 変形期間(1か月以内)及びその起算日
  2. 変形期間における各日・各週の労働時間

 変形期間における各日・各週の労働時間は8時間・40時間を超えることも許されますが、変形期間を平均して週法定労働時間(=40時間)を超えないように定める必要があります。今回の佐川急便の場合がまさにこれに該当します。

具体例1

 例えば、変形期間を1週間(=1か月以内)とします。

月~木の労働時間=10時間

金・土・日=休み(週休3日)

としても週所定労働時間(=10×4=40)が週法定労働時間(=40)を超えません。したがって、1日の所定労働時間が8時間を超える(=10時間)ことがあっても、労働基準法違反にはなりません。

具体例2

 1か月以内であれば、変形期間をもっと長く設定することもできます。例えば、変形期間を4週間(=28日)とし、次のように所定労働時間を設定したとします。

  • 第1週の週所定労働時間=50時間
  • 第2週の週所定労働時間=30時間
  • 第3週の週所定労働時間=50時間
  • 第4週の週所定労働時間=30時間

変形期間の週所定労働時間を平均してみると、

変形期間の週所定労働時間の平均=(50+30+30+50)/4=40

となり、週法定労働時間(=40)を超えません。したがって、週所定労働時間が40時間を超える(=50時間)ことがあっても、労働基準法違反にはなりません。

時間外労働の考え方

 通常は、労働基準法32条により、法定労働時間が1日8時間・週40時間と定められているので、これを超えて労働すれば、時間外労働になります。では、1か月単位の変形労働時間制によって、特定の日や特定の週に1日10時間や週50時間といった具合に所定労働時間を定めた場合は、どこからが時間外労働になるのでしょうか。

 変形期間中に、ある特定の日の所定労働時間を10時間と定めたとします。この場合は、1日の労働時間が10時間を超えた瞬間から時間外労働になります。したがって、この日は、労働時間が10時間を超えるまでは、割増賃金は発生しません。

 1週間についても同様の考え方です。変形期間中に、ある特定の週の所定労働時間を50時間と定めたとします。この場合は、1週間の労働時間が50時間を超えた瞬間から時間外労働になります。したがって、この週は、労働時間が50時間を超えるまでは、割増賃金は発生しません。

 では、逆に週所定労働時間を30時間と定めた週(上記の例でいえば第2週と第4週)はどうでしょうか。これらの週については、週の法定労働時間は原則通り40時間が適用されます。したがって、これらの週においては、週の労働時間が40時間を超えるまでは割増賃金は発生しません。

 しかし、50時間と定めた週は50時間を超えないと割増賃金が発生しないのに、30時間と定めた週は30時間を超えたとしても40時間に至るまでは割増賃金が発生しないというのは何となく損した感じがしませんか。しかし、実際には損にはなりません。なぜならば、法定労働時間の総枠という考え方があるからです。

法定労働時間の総枠について

 変形期間を設定すれば、1日や1週間の他に、変形期間そのものに対しても法定労働時間が自動的に設定されます。これを法定労働時間の総枠と言います。法定労働時間の総枠の計算式は次式に従います。

法定労働時間の総枠=40時間×変形期間の日数/7

 先ほどの例で説明します。先ほどの例では、変形期間の日数は28日でした。この場合、当該変形期間における法定労働時間の総枠は、40×28÷7=160時間になります。

 ここで、仮に、第1週から第4週までの実際の労働時間がそれぞれ、50・40・50・40時間であったとします。週単位でみた場合は、それぞれ法定労働時間以下なので時間外労働ではありません。では、変形期間全体で見た場合はどうなるでしょうか。

 この期間における労働時間は、50+40+50+40=180時間となります。この時間は、法定労働時間の総枠(=160時間)を20時間上回っています。したがって、変形期間全体で見た場合、20時間の時間外労働となるのです。

 ところで、この20時間というのはどこから出てきた数字でしょうか。それは、第2週の(40-30=)10時間と第3週の(40-30=)10時間を加えた数字です。したがって、変形期間全体では決して損をしないような仕組みになっているのです。

変形労働時間制のその他注意点について

 変形労働時間制を採用する場合、労使協定か就業規則その他これに準ずるものにより、具体的な定めが必要です。したがって、使用者が、「今日は忙しいから、今日の所定労働時間は10時間」と言った具合に、業務の繁閑に応じて、勝手に労働時間を変更することは許されません。佐川急便のように、配送業務においては、「金・土・日」は配達はお休みというわけにはいかないでしょう。したがって、勤務ダイヤを組む必要があります。

 変形労働時間制を採用する際は、労使協定又は就業規則その他これに準ずるものによって具体的な定めをしなければならないと法律に明記されていました。しかし、勤務ダイヤを組むごとに労使協定を締結したり就業規則その他を改訂したりする必要はありません。

 この場合は、就業規則に、各直勤務の始業・終業時刻、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておけばよいとされています。このような手続きを踏んでおけば、各日ごとの勤務割は、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足ります。

国東時間について

 国東時間とは、変形労働時間制によって1日10時間勤務・週休3日制を採用する勤務形態のことをいいます。大分県国東市の株式会社アキ工作社がこの勤務形態を始めたことからそう名付けられています。国東時間の詳細な取り組みはここに記載されています。

 株式会社アキ工作社は、大分県国東市にある従業員数13人(2014年11月19日現在)の会社です。段ボールクラフトなどの製造販売を手掛けています。ディズニーランドやGoogle本社などへの販売実績もあります。当初、同社は、週休2日・午前8時~午後5時という所定労働時間を採用していたそうです。しかし、2013年6月から、同社で週休3日・午前8時~午後7時という変形労働時間制を採用しました。週40時間という労働時間に変わりはなく、賃金も変更しませんでした。

 導入のきっかけは、1998年の創業以来、右肩上がりで伸びてきた売上が、2012年度ではじめて前年実績を下回ったことにあったそうです。ところが、この国東時間を導入した途端、翌年度の同社の売上高が28%アップしました。週休3日制が、社員のモチベーションアップにつながったわけです。

 ここに、松岡勇樹同社社長の言葉を借ります。

 すべての生きているものにとって、どの瞬間を切り取っても常にベクトルは「死」に向かっているのだから、「時間」は「生命(いのち)」そのものであるはずだ。その生命のなかから生きるための「仕事」が生まれ、すべての営為がうまれるのだ。

まとめ

 今回、佐川急便が国東時間を採用することを表明した意義は大きいと思います。週所定労働時間は40時間と同じですが、国東時間の採用によって、残業時間が減ることに繋がるのかについては注目すべき点です。ヤマト運輸も、導入を検討しています。両社が、国東時間の導入によって残業時間が減るのかどうかについては、おそらく壮大な社会実験となるでしょう。

 国東時間の成功事例であるアキ工作社では、実質的な労働時間が20%減少したと言われています。もし、佐川急便やヤマト運輸においても国東時間の導入が残業時間の大幅な減少につながったとなれば、全国の多くの事業所において週休3日制が実現する日も近く訪れるかもしれません。

 両社の今後の成り行きに注目です。