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「社員が勝手にやったことだ」は賃金不払い残業の免罪符にならない

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はじめに

 使用者から明示的に残業命令があり、当該命令が権利濫用に当たるものでない限り、労働者は正当な理由なくこれを断われません。もし断れば、懲戒解雇の対象となります(日立製作所武蔵工場事件 最一小判平3.11.28)。

 では、逆に、使用者が明示の残業禁止命令を発した場合や、そのどちらでもない(つまり残業命令も残業禁止命令も発していない)場合はどうなるでしょうか?今回は、この点について考えます。

時間外労働義務の発生要件(明示的な残業命令がある場合)

 日立製作所武蔵工場事件(最一小判平3.11.28)という裁判例があります。どのような場合に労働者が使用者からの残業命令に従う義務が発生するのかについて最高裁が判断を示したという点で重要な意義を持っています。

事件の概要

  •  X(上告人)はY社(被上告人)に雇用され、トランジスターの品質管理を所管する部署に所属していた。
  • Xは、I主任から手抜き作業を正すべく製品の歩留まり低下の要因を究明するために残業を命ぜられたが、これを拒否した。
  • そこで、Y社はXを出勤停止にし始末書の提出を求めたが、Xはこれに従わなかった。
  • そこで、Y社は、悔悟の見込みがないとしてXを懲戒解雇した。
  • これに対し、XはY社を相手方に雇用契約上の地位を有するとして提訴した。

判旨

労働者側敗訴

 労働基準法三二条の労働時間を延長して労働させることにつき、使用者が、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と書面による協定(いわゆる三六協定)を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該三六協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものと解するを相当とする。

 本件の場合、右にみたように、Y社のD工場における時間外労働の具体的な内容は本件三六協定によって定められているが、本件三六協定は、Y社(D工場)がXら労働者に時間外労働を命ずるについて、その時間を限定し、かつ、所定の事由を必要としているのであるから、結局、本件就業規則の規定は合理的なものというべきである。

どう読むか

 判決文によると、時間外労働の法的義務が発生する要件は次の3つに集約されることがわかります。

  1. 36協定を労使間で締結し、所轄労働基準監督署長に届け出がなされていること
  2. 就業規則に「36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働時間を延長して労働者を労働させることができる」旨定めていること
  3. 就業規則の規定の内容が合理的なものであること

 1~3の要件がすべて満たされているとき、正当な理由なく使用者からの残業命令を断れば懲戒免職の対象となります。正当な理由には、疾病などがあります。

 1を反対解釈すると、そもそも会社に36協定が存在しない、あるいは、監督署に届け出がなされていない場合は残業をする法的義務が発生しないことを意味します。

 2については、就業規則に「労働時間を延長して労働者を労働させることができる」旨が定めてられているか確認する必要があります。本件ではY社がXに残業させるにあたり、「製品の歩留まり低下の要因を究明する」という明確な業務上の事由が存在していました。これに対し、例えば「先輩よりは早く帰るな」といった珍妙なローカルルールは、業務上の事由とはいいません。

 また、2によれば、36協定で定められた延長時間を超える労働の履行義務が存在しないことを意味しています。したがって、事業所の36協定の延長時間がどれくらいなのかを知ることは何よりも重要なのです。

残業するにあたり注意すること

 以上をまとめると、残業するにあたっては

  1. 業務上の理由があるかどうか
  2. 事業所に36協定が存在し、監督署に届け出済かどうか
  3. 残業時間が36協定の範囲内かどうか
  4. 就業規則に残業させることができる旨の記述があるかどうか
  5. 残業を断れるに足りる正当な理由(病気など)があるかどうか

の5点を確認する必要があります。

残業禁止命令について

 残業禁止命令については、神代学園ミューズ音楽院事件(東京高判平成17.3.30)という裁判例があります。これは、残業禁止命令に反して行われた時間外労働がはたして賃金算定の対象となる労働時間にあたるかどうかを争った裁判です。その他に、管理監督者の該当性も争われましたが、ここでは残業禁止命令に限定したいと思います。

事件の概要

  • Y(甲事件本訴被告)は、ミューズ音楽院の学院長
  • X1~X8(甲事件本訴原告)は、ミューズ音楽院の従業員
  • Yは、平成13年12月10日の朝礼で、ミューズ音楽院の従業員に対し、36協定が締結されていないことを理由に時間外・休日労働を禁止し、残業がある場合は役職者に引き継ぐことを命じた。
  • 総務部長Cと総務部職員Dは、教務部従業員に対し残業をやめるよう言って回った。
  • さらに、Yは教務部長X1、教務課長X2に対し、従業員に残業させないこと、残務がある場合には、これを引き継ぐことを命じ、同部従業員もこれを十分に認識していた。
  • そして、平成15年4月25日、Yと12名の教務担当従業員との間で、36協定が締結された。
  • こうした経緯で、X1~X8は、Yを相手方として、割増賃金などを請求して提訴した(甲事件)。
  • 原審では、X3~X7の請求を棄却、本件はその控訴審

判旨

控訴棄却(労働者側敗訴)

 使用者の明示の残業禁止の業務命令に反して、労働者が時間外または深夜にわたり業務を行ったとしても、これを賃金算定の対象となる労働時間と解することはできない

 Yは、教務部の従業員に対し、平成13年12月10日以降、朝礼等の機会及びX1、同X2及びL主任を通じる等して、繰り返し36協定が締結されるまで残業を禁止する旨の業務命令を発し残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、この命令を徹底していたものであるから、上記の日以降にXらが時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、その時間外又は深夜にわたる残業時間を使用者の指揮命令下にある労働時間と評価することはできない

どう読むか

 東京高裁は、(36協定が締結されていないという)明確な理由があって、使用者が明示的に残業禁止命令を発した場合、従業員がこれに反して残業を行ったとしても、賃金算定対象の残業時間とはみなせないと判示しています。

 その他に、もう一つ忘れてはならない重要な点があります。それは、「残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、この命令を徹底していたものであるから」という点です。これを反対解釈すれば、使用者から、いくら残業をするなと命ぜられたとしても、定時ではとても終わりそうもない過重な業務量を与えられ、その状態が放置されたままであったら、残業禁止命令として有効でないことを意味しています。

 本件では、残務は自ら行わずに役職者に引き継ぐようにという命令が発せられていました。つまり、使用者によって、仕事が定時に終わるような配慮がなされていなければ、いくら残業禁止命令を発令しても意味がないということです。

 以上をまとめると、

  1. 使用者から明示的に残業禁止命令が発せられているかどうか
  2. 定時に仕事を終わらせることができる業務量かどうか
  3. 定時に終わりそうにない場合、残業禁止命令を受けていない労働者に残務を引き継ぐことができる配慮がなされているかどうか

の3点が論点になります。

残業命令も残業禁止命令もない場合

 この場合は判断が難しいですが、結論を先に行ってしまうと、黙示の残業命令が認定されるかどうかという点に尽きます。ピーエムコンサルタント事件(大阪地判平17.10.6)という裁判例をもとに、この点について考えます。

事件の概要

  • X(原告)は、建設コンサルタントを行うY社(被告)に正社員として平成3年4月に雇用された。
  • 平成12年4月からは、国土交通省の河川事務所(以下、「本件事務所」という)に出向し、平成13年4月から契約社員となった。
  • そして、平成16年3月31日に契約期間満了により、Y社を退職した。
  • Xが本件事務所に出向している間は、タイムカードによる時間管理はなされておらず、Xは整理簿を作成し、勤務時間を記載し、3か月に一度上司に提出し上司がこれを確認していた。
  • Xは、出向期間中の時間外労働手当をY社に請求したが、Y社は時間外労働手当は定額支払われており、これを超える部分については個々の従業員の裁量に基づくものとして争った。

判旨

労働者側勝訴

 Xは、上司に対し、時間外勤務をしたことの記載された本件整理簿を提出し、Xの上司はその記載内容を確認していたのであって、Xの上司もXの時間外勤務を知っていながらこれを止めることはなかったというべきであり、少なくとも黙示の時間外勤務命令は存在したというべきである。

 以上によれば、残業が個々の従業員の裁量で行われているために、Y社が時間外勤務手当の支払い義務を負わないということはできない

どう読むか

 上記の判旨から、①労働者が時間外労働をしていることにつき使用者が認識しており、②時間外労働を放置し、それを中止する措置を講じていなければ、黙示の時間外勤務命令があったものと認定されます。仮に使用者が、当該労働者が時間外労働をしていることを知らなかったと主張したとします。しかし、この主張は通りません。なぜならば、使用者は従業員の労働時間を把握する義務があるからです。

 この点については、下記記事において詳しく述べました。

www.mesoscopical.com 

 厚生労働省のガイドラインは、使用者はその雇用する労働者の労働時間を把握する責務があると定めています。では、使用者が「時間外労働をしていることは知っていたがそれは、従業員が勝手にやったことだ」と主張したとしましょう。そのときは、「では、なぜ時間外労働を中止する措置を取らなかったのか」ということになります。つまり、「残業していることを知らなかった」や「従業員が勝手に残業をやっていた」というのは、残業代を払わなくても良いことの言い訳としては全く通らないのです。

 黙示の時間外勤務命令を巡っては多数の裁判例が存在します(京都銀行事件:大阪高判平13.6.28、徳洲会野崎徳洲会病院事件 大阪地判平15.4.25など)。これらの裁判例では、

  1. 労働者が時間外労働をしていることにつき使用者が認識していたこと
  2. 労働者が定時にはとても終わりそうもない過重な業務を与えられていたこと

の2点のみで使用者による黙示の時間外勤務命令があったと認定されています。

まとめ

 以上をまとめると、神代学園ミューズ音楽院事件の場合のように、使用者が明確な残業禁止命令を発令しており、残務を役職者に引き継ぐなど定時に仕事が終わるような配慮がなされていれば別ですが、そうでない限りは、黙示の時間外勤務命令があったとみなされます。

 黙示の残業命令の存否を判断する上で、次の3点を確認する必要があります。

  1. 残業をしていることを使用者(管理職)が知っている。
  2. とても定時に終わりそうもない過重な業務を与えられている又は残務を引き継ぐ配慮がなされていない。
  3. 使用者から明確な残業禁止命令が発令されていない。

 1~3のどれか一つでも該当したら、黙示の残業命令があったとみなされ、にもかかわらず、残業代が支払われていない場合は労働基準法37条違反になります。したがって、いくら監督署で、残業代を払いたくない一心で「知らなかった」や「勝手にやった」と使用者が主張しても、やぶへびに終わるだけです。