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元経産官僚・古賀茂明氏:トヨタの敗北宣言を知っていますか?

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ZEV規制について

 米カリフォルニア州は、米国の中でも車社会で有名な地域です。同州が、大気汚染対策として、排ガスゼロ車の普及を目指し1990年に本格的に乗り出した規制が、ZEV規制です。当初は硫黄酸化物や窒素酸化物など有害物質の規制に力点を置いてきましたが、これらはほぼ目標を達成し、今世紀に入ってからは、地球温暖化対策が盛んに謳われるようになってきました。そのため、今世紀から同州は、CO排出ゼロの規制強化に乗り出すようになりました。

 ZEV規制によって、自動車メーカーは、販売台数の一定割合を排ガスゼロの車(ZEV :Zero Emission Vehicle)とするよう義務付けられています。基準未達のメーカーは罰金を払うか、超過達成するメーカーから「ZEV排出枠(クレジット)」を購入しなければなららいというルールになっています。これまでは、ハイブリッド車がZEVの対象車種に含まれていたため、トヨタはプリウス販売効果でZEVクレジットを蓄積することができました。

 しかし、2017年からZEV規制が強化され、ガソリンエンジンを補助的動力として用いるハイブリッド車が対象車種から外されます。そして、2017年秋以降に発売される「18年モデル」からが新規制のZEV対象車種となります。さらに同州はニューヨーク州、オレゴン州など8州と「ZEV推進プログラム」の覚書を交わしています。当然これら8州も同州の新規制に追随することになるでしょう。

 18年モデル以降の次世代型エコカー(新規制ZEV)の選択肢としては、走行中にCOを一切排出しない電気自動車(EV)か燃料電池車(FCV)のどちらかが望ましいとされてきました。そのため、自動車メーカー各社は、EVかFCVのどちらを重点的に開発するべきかの選択に迫られることになりました。

日本企業の動向

 この規制強化を見越し、トヨタは燃料電池車の開発のほうを選択しました。そして2014年に初の量産型燃料電池車MIRAI(ミライ)を発表しました。一方、日産は早くから電気自動車の開発に乗り出し、2010年に電気自動車リーフを発売しました。

 燃料電池車では、高圧タンクに充填された水素を燃料として燃料電池セルで発電された電気をモーター回転の駆動電源として用いる方式を取っています。一方で、電気自動車では、リチウムイオン電池に代表される2次電池から得られる電気を直接モーター回転の駆動電源として用いる方式を取っています。

 燃料電池車の最大の特徴は、航続距離が長い点にあります。MIRAIの場合、JC08モード走行パターンによる参考値で650kmとされています。また水素充填時間も約3分と短いため、ガソリン車がガソリン充填にかかる時間とほぼ変わらない仕様となっています。

 一方、電気自動車の場合、これまで長い間、航続距離と充電時間に難があると言われてきました。因みに、純国産電気自動車の日産リーフの場合、航続距離が280km、バッテリー80%までの充電時間が30分となっており、MIRAIと比較すると、航続距離が短く、燃料充填(充電)時間が長くなっています。

 と、ここまでの話ですと、燃料電池車のほうに軍配が挙がるように思われますが、筆者がここで一つ疑問に思ったことがあります。

「 いったいどこで水素を充填するのか」と。

水素インフラについて

 燃料電池実用化推進協議会のホームページには商用水素ステーションの普及状況が示されています。2017年1月現在、19都府県に水素ステーションが設置されています。それ以外の28道県には水素ステーションが存在せず、これらの地域に在住する方々は、他府県まで足を延ばさなければなりません。例えば、東北以北在住の方はつくばまで、南九州在住の方は、佐賀あるいは大分まで足を延ばさなければなりません。単純計算で、自宅から水素ステーションまでの距離が163km以上離れている方は、燃料を入れて帰ってくるだけで半分以上燃料を使い果たしてしまう計算になります。航続距離650kmは参考値ですから、実走行モードではこの値はおそらくもっと小さくなるでしょう。日本ですらこの状況ですから、より広大な国土を有するアメリカ合衆国において、どれだけの水素インフラが不足しているか推して知るべしです。

 また、水素インフラの整備には、莫大な資金がかかります。水素ステーションの建設費は、その場で水素を生産する「オンサイト型」で1軒5億円、ほかの工場で水素を生産する「オフサイト型」で1軒1億5000万円程度と言われています。これらは、インフラの整備だけに必要な費用で、土地代も含めるとさらに費用がかさむとされています。

news.livedoor.com

 誰がこれらの費用を負担するのでしょうか。

「究極」とは何のことを言っているのか

 これだけ膨大な水素インフラ整備となると、トラックによる建設資材の運搬等で大量のCOが発生することになります。これでは、本末転倒でしょう。

 また、燃料電池車のことを「究極のエコカー」という人たちがいます。もし、「究極の」の意味が一切COを排出しないということであれば、水素生成段階から考えなければなりません。1つには、太陽光で発電した電力を用い、水を電気分解する方式が考えられます。しかし、水分子は、水素と酸素が強固に結合しており、水から水素を取り出すには膨大なエネルギーを必要とします。水素運搬から充填までのエネルギーロスを考えれば、太陽光で発電した電気を直接2次電池に充電したほうがよっぽどエネルギーロスが少ないでしょう。

充電インフラについて

 充電インフラの場合、既存インフラを利用することができます。したがって、自宅での充電も可能です。充電インフラは水素ステーションほど建設費用がかからないため、充電設備も着々と整いつつあります。ゼンリンの調査では、2016年4月末現在、全国で約23000基の充電器設置が確認されています。設置場所は、ディーラー・コンビニ・商業施設など多種多様です。筆者も、近所のショッピングセンターの駐車場で、電気自動車に充電しているのを見かけることがあります。

 80%充電に30分程度かかると言われていますが、水素の充填に他府県まで出向くよりはずっとマシでしょう。

古賀茂明氏について

 ここまで踏まえた上で、表題の古賀茂明氏の話題に移りたいと思います。古賀茂明氏は、経済産業省の元官僚で、経済産業政策局経済産業政策課長、産業技術総合研究所等を歴任され、現在は、執筆・講演活動等を通じ、鋭い視点で政治や経済の問題点を指摘しています。下記動画は、昨年の12月におこなわれた古賀茂明氏の講演の模様です。


2016.12.01古賀茂明氏講演「日本を変える起死回生の切り札~メディアが伝えない政治・経済の真実~」

 この講演の中で古賀さんは「トヨタの敗北宣言は知っていますか?」という問題提起をされています。

テスラについて

 講演の概要を紹介する前に、どうして古賀さんが「敗北宣言」という言葉を使うのかについて理解する必要があります。実は、これには伏線が存在するのです。それは、テスラvsトヨタ自動車です。

 テスラとは、あのイーロン・マスク率いるアメリカの電気自動車の会社です。2004年に設立された比較的新しい会社で、シリコンバレーを本拠に次々と画期的な電気自動車を開発しています。現在MODEL Sという電気自動車を製造しており、最高スペックのもので一回の充電の航続距離が594kmもあります。これは、従来のガソリンエンジンにも引けを取らない数値です。また、2.7秒で時速100kmに達し、スーパーカー並みの加速性能を有しています。自宅でも充電できるのみならず、スーパーチャージャーと呼ばれる急速充電器を用いれば、20分でバッテリー容量の半分までを充電できる仕様になっています。内装は、ハンドル横に大きめのスマホのような集中制御装置が設置されていて、車のほとんどすべての機能をコントロールできるようになっています。

トヨタの敗北宣言とは

 イーロン・マスクは、昨年、今後のエコカー市場の動向を予測し、「水素社会など来ない」と言っていました。

www.nikkei.com

 これに対し、トヨタは燃料電池車の開発を優先してきました。そして、昨年11月9日に日経新聞は次のような記事を報じました。

www.nikkei.com

 以上のような経緯を知らないと、記事を読む限りではこれがトヨタの敗北宣言とはわかりません。

古賀茂明氏の名言

上記の日経新聞記事によると、

  • EV向け社内組織立ち上げは2017年
  • 量産化は2020年から
  • 目標は航続距離300km

とのことです。以下、講演内容から、古賀さんの言葉を引用し筆者の解説を付したいと思います。

2017年では遅すぎる。

2017年末からアメリカでは本格的な電気自動車の競争が始まる。

 この点については、先ほどのZEV規制の説明通りです。すでに「18年モデル」に適応するため、米国ではGM、フォード、さらにドイツのBMWなどが今年末頃に電気自動車を発売する計画を相次ぎ発表しています。テスラは、今年末に大衆車MODEL 3を発売予定です。先ほどのMODEL Sは価格が1000万円近くと高額なため、これが普及を妨げていました。しかし、MODEL 3の価格は約390万円と半値以下です。また、航続距離は350kmとなっており、そこそこの航続距離を担保しています。これを受け、発売初日に13万台以上の予約が殺到しました。

 古賀氏は、次のようにも述べています。

自動車の製造はごく一部の下請け産業へ収束していくのが世界の潮流。

自動車産業は委託製造の時代へと突入するであろう。

 これまでの自動車産業は、取り扱われる部品点数も多く、非常に裾野の広い産業でした。しかし、電気自動車になると、部品点数が圧倒的に少なくなるため、新規参入障壁が低くなります。これからの自動車産業は参入障壁が取り除かれる分、大競争時代が訪れることになるでしょう。

 また、古賀氏は次のように、電気自動車の普及から派生する様々なプラットフォームについて言及しています。

これからは、Uberに代表されるようなIT配車サービスや電子地図・自動運転が発展し、普通の人は自家用車を持たない時代が訪れるだろう。

 要は、プラットフォームを形成したもん勝ちなんですよね。これは、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)の事例を鑑みれば明らかです。運転を趣味とする人を除けば、これからは自家用車を必要としなくなる時代が訪れるでしょう。

 プラットフォーム形成の典型例としては、スマホを開発したアップルがあります。製造は台湾のEMS企業の鴻海に委託してアップルは直接は関わっていません。自動車産業もこれと同じような現象が起こるのではないでしょうか。 電気自動車の普及によって部品点数が減ることも、これに拍車がかかることになるでしょう。

まとめ

 かつては、メイドインジャパンの携帯電話が隆盛を誇っっていました。しかし、世界的潮流を見誤っているうちにいつの間にか、すっかりガラパゴスと化してしまいました。日本の自動車産業も、高度経済成長期に定着したやり方に固執していたら、知らず知らずのうちにガラパゴス産業になってしまうでしょう。