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残業上限規制:「100時間未満」という表現にした理由とは

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「月100時間を勧めるものでない」と言いたいから敢えて「100時間未満」にしたことを見抜こう

 政府が、残業規制月100時間の批判をかわすのに躍起ですね。

官房長官が、会見において、「月100時間までの働き方を勧めるものだとの批判があるが、全く事実とは違うと考えている」と言いました。

www.asahi.com

 確かに、「100時間未満」だと100時間は入りません。

でも、そうやって言いたいから、「100時間以内」ではなく敢えて「100時間未満」という表現にしたんでしょう。

しかし、99時間でも過労死の危険性が消滅したわけではありません。

長時間の過重労働によって疲労が蓄積し、発症する可能性が高いのは、脳血管疾患および虚血性心疾患です。

本サイトでも何度も指摘している通り、厚生労働省の過労死認定基準にも、「月45時間を超えて時間外労働が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まる」と書いてあります。

もし、「99時間までの働き方を認めるものか?」と問われたら、官房長官は、「全くその通りでございます」と答えてくださいね。

何を根拠に「歴史的な大改革」というのか 

FNNは、官房長官の記者会見の様子を右から左へと報道していました。

官房長官は、「労働基準法70年の歴史の中で、歴史的な大改革」と言っていますが、何とでも言えます。

ところで、「歴史的」と言えば、1987年の労働基準法の改正において、週法定労働時間が48時間から40時間に短縮されたことがあります。

以来、30年経ちますが、過労死の問題が後を絶ちません。

もはや、内部労働市場の労働時間の長短で雇用調整を図るやりかたが限界にきているのです。

過労死の問題を解決する唯一の手段は、雇用の流動化をおいて他にはないでしょう。

因みに、30年前に当時の政治家が「労働基準法40年の歴史の中で、歴史的な大改革」という表現を使ったかどうかは筆者は知りません。

「努力義務」という詭弁

また、今回の労使合意には次のような規制が含まれています。

 労使合意の中には勤務時間インターバルを法律上明記して努力義務化する

しかし、この努力義務というのが曲者なのです。 

「努力義務」というのは「努力することが義務」です。

「義務」ではありません。

この違いが重要なのです。

アスリートを例にわかりやすく説明します。

2020年に東京オリンピックが開催されます。

日本でも、たくさんのアスリートたちがオリンピック出場を目指して日々努力を重ねていると思います。

「努力義務」というのは、こうして努力することが義務なのです。

結果は問われません。

つまり、一生懸命オリンピックを目指して努力さえすれば、実際にオリンピックに出場できなくても、「努力義務」を果たしたことになります。

インターバル規制についてもこれと同じです。

企業が勤務時間インターバルの導入を努力することが義務なのです。

一応導入するように努力はしたけれど、やっぱり「インターバルの導入はうちの会社ではダメでした」でもOKなのです。

政府は、なぜこれを義務化できなかったのでしょうか?

敢えて努力義務化とするのに何か理由があったのですか?

まとめ

「以下と未満」、「義務と努力義務」。

一見同じように見えても、実際はその意味合いが全く異なります。

 

政治家や官僚たちは、こうした表現を使って国民を煙に巻くのが上手いので、みなさんも気を付けてくださいね。