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労働者1万人当たりの労働基準監督官の数が一番少ない都道府県はどこか

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はじめに

 先日、ブラック企業の問題が後を絶たない理由として、労働基準監督官の絶対的な不足にあると述べました。 

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 今回は、この点についてもう少し踏み込んでみたいと思います。

ILO第81号条約とは

 そもそも、日本では労働基準監督官の数が少なすぎます。海外にも、労働監督官と呼ばれるブラック労働の監視・監督をおこなっている職員が存在します。労働監督官は、1947年の第30回ILO総会において採択されたILO第81号条約に基づいて批准各国に配置されたものです。ILO第81号条約の正式名称は「工業および商業における労働監督に関する条約(Convention concerning labour inspection in industry and commerce)」といい、法令遵守のため事業場に立ち入り・検査・尋問等の権限を有する労働監督官を配した労働監督機関の設置を要請しています。日本はこの条約に1953年10月20日に批准し、現在145か国が批准しています。では、国際的に労働監督官の数を比較します。

(参考資料:http://www.ilo.org/dyn/normlex/en/f?p=NORMLEXPUB:11300:0::NO::P11300_INSTRUMENT_ID:312226

労働監督官の数の国際的比較

 ILO81号条約では、労働監督官1人に対する労働者の数は、先進国では1万人未満、新興国では2万人未満、発展途上国では4万人未満が望ましいとされています。すなわち、先進国では、 労働者1万人当たりの監督官の数は1を上回ることが望ましいとされています。しかし日本では、労働者1万人当たりの監督官の数は、0.53人で、1を下回っています。

 では、他の主要先進国と比較してみます。

アメリカ 0.28人

フランス 0.74人

イギリス 0.93人

ドイツ  1.89人

 ドイツを除き、全て1人を下回っています。世界的に労働監督官の数が不足していると言えます。しかし、上記欧州諸国では、各国とも日本を上回っています。

日本の労働監督行政の現状

 平成22年度において、労働基準監督署が実施した監督件数は174,533事業場です。平成18年において労働者を1人でも雇用する事業場の数は、全国で409万事業場あり、これを鑑みれば、監督実施率は4.3%となります。全国の労働基準監督官の数は、2011年現在2,941人で、臨検(事業場に監督・検査に行くこと)を行うことができる監督官は、2,000名以下となっています。監督官1人当たりが受け持つ事業所は2,000事業所以上になります。これらを勘案すれば、1人の監督官が受け持つ全ての事業所に監督を行うためには、25~30年の歳月が必要となります。これでは、労働基準監督行政がまともに機能しているとは言えません。

都道府県別の労働基準監督行政の現状

 先ほどの話は、全国平均値によるものです。都道府県別では、労働基準監督官1人当たりが受け持つ労働者の数が大きく異なっています。 次表に、都道府県別でのワースト5を示します。数が多いほど、労働基準監督官の目が行き届かない、すなわち、労働基準監督行政が浸透していないことを意味します。 

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 (参考資料:労働基準監督年報, 国勢調査2015)

 上の表より、標題の問いの答えは、神奈川県ということになります。全国的に概観すると、特に首都圏において監督官の数不足が顕著に見られます。上表の都道府県で全て2万人を超えています。ということは、ILO条約で新興国において望ましい数字とされる監督官1人当たり2万人未満という数字すら満たしていないことになります。因みに、新興国の中国は、この数字を満たしています。

労働基準監督官の不足は行政の不作為の典型例

 みなさんは、警察官の数が極端に少なく、犯罪が多発しているような国に住みたいでしょうか。労働犯罪もこれと同じです。労働基準監督官は、特別司法警察職員の身分を有し、逮捕特権も持っています。厚生労働省に所属し、言わば、労働分野の警察官です。下が、過去3年間の労働基準監督官試験の最終合格者数の推移です。

平成26年度 388人

平成27年度 417人

平成28年度 402人

 これだけ、ブラック企業の問題が盛んに言われているのに、あまり増えていません。とは言え、ペーパー試験の合格者数を単に増やしただけでは、付け焼刃的な対策にしかならないでしょう。今月の1日、ダイヤモンドオンラインに次のような記事が掲載されました。

diamond.jp

 著者の八代尚宏氏は、労働基準監督行政を民間委託すべきとの主張をしています。現在政府は働き方改革の一環として、時間外労働の上限規制を取り入れようとしています。しかし、せっかくそのような規制を取り入れても、それを取り締まる人がいなかったら、何の意味もありません。今こそ、労働基準監督行政を拡充してブラック企業問題に本腰を入れるべき時ではないでしょうか。